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Book:19「博士の愛した数式」(2003)小川 洋子 著

第1回本屋大賞(2004)を受賞。
2005年文庫化された際には2か月で100万部を突破し、話題となった大ベストセラーです。
2006年には映画化もされ、こちらも高評価を博しました。物語の内容は知らなくてもタイトルは聞いたことがある、であろう有名作品ですね。
というわけで今更紹介するまでもありませんが、まあ私の好きな本を挙げること自体がそもそもの目的なので。

主人公は優秀なベテラン家政婦で、若きシングルマザー。派遣先で出会った、
「記憶が80分しかもたない」
障害を抱える元数学者「博士」との、心温まるやりとりを描いた物語です。

このような「記憶障害」の人物が出てくる作品といえば、
主人公が10分の記憶しか保てないミステリー映画『メメント』
記憶が一晩で消えてしまう女性のラブストーリー映画50回目のファースト・キス
同じく1日で記憶がリセットされる、杉咲花さん主演のドラマ『アンメット~ある脳外科医の日記』などがありますね。
実際には大変でつらい障害に違いありませんが、物語のテーマとしては様々な可能性を秘めているのでしょう。

本題に戻ります。この作品の特徴を端的に表現すると、
文系の人間に数学の楽しさと美しさを語らせた」名著です。
作者の小川氏が、もともと数学が苦手な文系の方だと知ったときは、意外でもありました。
しかしだからこそ、俯瞰ふかん的な「数学愛」が表現できるんだな、と納得もしました。

数学(特に専門の「整数」)を無二の友とし、その世界に耽溺たんできして生きてきた博士。
ただでさえ他者とのコミュニケーションを不得手としているのに、記憶障害のために彼の周りの人々は常に初対面の相手です。どんなに怖くて不安でしょう。

そのため博士は、まず「君の電話番号は」「靴のサイズは」など数字を引き出す質問をしてきます。
そうして相手から回答となる数字を引き出すと
「素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」
「実に潔い数字だ。4の階乗だ」

などと、その数字にまつわる知識を用いて、ほめたたえることで挨拶とするのです。

著者はその様子を

数字は相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーでもあった。

と表しています。
この小説は全編通してとにかく、比喩表現が美しい

そんな博士、実は子どもが大好き
ただ「子ども好き」というわけではなく、すべての子どもを「庇護され守られるべき存在」として心から慈しんでいるのです。
その愛情は主人公の一人息子にもふんだんに注がれます。

頭のてっぺんが平らな10歳のその少年を(ルート)」と呼ぶ博士。
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ。」
「数字」と「子ども」が絡むと博士の愛情は爆発するのです。

博士は「算数」を教える天才でもあります。
どんなに簡単な計算も難しい公式も、同等に敬いその魅力を上手に伝えることができるのです。
受け手となる母子も、そんな数式や数字たちを宝物のように受け取ります。

博士と家政婦とその息子。三人の間には、確かで温かな友情が芽生えていきます。
こんなに優しい物語を、私はほかに知らないかもしれません。

あなたも博士の愛した数式を、一緒に味わってみませんか。

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