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Book-:10「流転の海」(1984)宮本 輝 著

著者、宮本輝氏の父親をモデルとした小説です。シリーズ化され、36年かけて最終巻「野の春 流転の海 第九部が2018年に刊行されました。
私自身この本と出会ったのは30年以上前の高校生時代です。その時点で、第二部まで刊行されていました。その後も、新刊が出るのをずっと楽しみにしてきた作品です。
読み始め直後に、当時の新刊第三部巻末で「私の生きているうちに完結させてください」という70代の読者の方が紹介されていたのを思い出します。彼女は、最終話まで読み終えたでしょうか。

物語は、戦後の闇市から始まります。主人公は、実業家として再起をはかる松坂熊吾
なにより50歳となる彼に、初めての子どもが授かりました。熊吾は、息子が成人する日まで生き延びることを己に誓います。

戦後の一般的な男性像ではあるのでしょう。豪胆ごうたんで男気のあるその人柄は非常に魅力的ですが。浮気はするし、妻に暴力をふるう、現代だとありえないモラハラっぷりも全開です。
しかしその短所をもってなお、多くの登場人物はじめ、読者を惹きつけるカリスマ性のある人物でもあります。

熊吾はじめ登場人物はみな長短併せ持つ人間臭い人々です。シリーズを通して総勢370人もの人物が登場しているそうですが、そのすべてが生き生きと描かれ、ストーリーを大きく動かしていきます。
そのパーソナリティは実に様々。
なんとも心優しい人もいます。最後まで嫌な人間もいます。物語の中で壮絶な死を遂げる人物もいます。
そしてその人々と対峙する熊吾自身、様々な心境の変化を遂げていきます。

熊吾は商魂たくましく成功も遂げるし、あり得ない失敗で富を失いもします
何の見返りも求めず人を助け尊敬の念を集めるし、他人のプライドをひどく傷つけ恨みも買います
それでも己を貫く熊後の姿勢は、ただただ圧巻。
読み進めるほどにその人柄に引き込まれ、愛媛県宇和町の方言「~じゃけんのう」という熊吾の言いまわしが、まるで実際に耳にしたように響いてきます。

他人を無私で受け入れる姿勢は高潔な人物かと思いきや、学歴コンプレックスを強くもっていて、学歴詐称や医師の真似事をする様子も描かれます。
考えなしに周りを振り回す妹に対して、「愚かなことは罪だ」と断罪する熊後は、有能ゆえに抱えきれないほどの理不尽にさいなまされてきたのでしょう。

最終話を書き終えた著者は、奇しくも亡くなった父親と同じ年齢に達していました。
物語は三分の一が事実と述べていますが、母親や自分自身の屈託を、あらゆる場面で感じさせます。
父は彼にとってヒーローであり、とんだ暴力夫であり。
しかしやはり見事な生き様を見せつけた誇るべきおとこです
今の時代だからこそ、その人間性を多くの人に味わって欲しいと強く思います。

新作が出るたびに、嬉々として手にしてきた長期の読者としては、最終巻は号泣しながら何度も読み返したものです。そして公開された熊吾・房江夫妻の写真も、物語のイメージそのままで感動。
特に最初の3部が特に熊後の本質を描いており、第一にエンターテインメイトとして、また戦後の日本の情勢を学ぶ資料としても最高です。
まずは一作目「流転の海」をぜひ手に取ってみてください。多くの日本人に一読いただきたいと心から願う作品です。


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