大人の恋愛や女性の葛藤を、繊細に美しく描く作家さんでいらっしゃいます。
特に20代の頃、定期的に図書館通いしていた際に、目当ての本がない時には決まって彼女の著書を手にしていました。
本は読みたいけれど、コレというものが無いな~というときの代替策、外れなく安心して読める活字中毒者の保険、というと失礼でしょうか…。
まとまった数の著書がありますし、図書館で多く扱われているあたり、公的機関で信頼に値する作品が多ということだと思います。
夢中になって全作品制覇、というよりは、定期的に彼女の文体に触れたいといった、なんといいますか私はマイルドなファンです。
ご自身未婚でいらっしゃるようですが、結婚した男女の機微というか日常の些末な心のすれ違いなどの描写にも長けていらっしゃいます。
まあアラフィフ未婚の私が偉そうに言うことでもないですが。
小説は全体的にしっとり(時にねっとり)していますが、エッセイは割とサバサバしているところも氏のお人柄が見えてよいですね。
さてご紹介する作品ですが。私が初めて手にした彼女の作品です。
確か高校生の頃だったでしょうか。読み終えた時に思ったことといえば「なんじゃ、この男」です。これぞ藤堂氏の筆致極まれり。
十代の小娘を心から憤慨させた「彼」とは。
物語冒頭は、突如夫が失踪した妻の語りから始まります。
長身でハンサム、物腰が低くユーモアセンス抜群。非の打ちどころのない男性と、夢のようなお付き合いを経て、一人っ子の彼女のもとへ婿入りのような形でやってきてくれた、理想の男性。
両親からの信頼も厚い夫との結婚生活はつつがなく。それがずっと続くものだと信じて疑わなかった。
そんな「絵にかいたような」夫は、いつも通り出勤したきり、帰ってくることはありませんでした。
はじめは事故にあったのでは、と心配していた妻も、これが「失踪」らしいと知るとただただ途方にくれてしまいます。
実は彼は決して完璧な夫ではありませんでした。
愛人、ゆきずりの女子高生…一章ずつ、彼と関係のあった女性たちからの聞き取りで構成されていくこの物語。
一見すると一人の人間のことを語っているとは思えない、その様々な彼の裏の顔。
しかしそれらによって、あるいは一つの新たな「彼」という人物像がつくりあげられていくのです。
どちらかといえば、知るほどにクソ野郎です。高校生の時分に「女性として」十分腹立たしいと感じるほどに。
まあアラフィフとなった今となっては、ああ、男ってこんなもんよね、と普通に納得といえば納得なんですけどね。
なぜ彼は妻のもとを去ったのか。今彼はどこで何を思うのか。
それにしても案外、人は見る人によって、誰でも違った側面をもっているのではないかと考えさせられる一冊です。
Book:35「彼のこと」(1994)藤堂 志津子 著

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