第78回アカデミー賞(2006)作品賞受賞映画です。
個人的には、アカデミー賞・芥川賞などの受賞作品は、さして「おもしろいもの」ではないものですが。この映画は、アカデミー賞受賞作という冠を抜きにしても、グッと心に深く語りかけてくる傑作のひとつとして多くの人におすすめしたいものでした。
映画冒頭、ロサンゼルス市警察の黒人刑事グラハムは、公私ともにパートナーであるリア(ヒスパニック系)と捜査中の事件現場に向かいます。
しかし途中で、韓国系女性キム・リーの運転する車に追突されてしまいます。
事故直後、彼女は一方的に激しい言葉で二人を責め立てます。
その感情的な主張に困惑するリア。
この映画では、多民族国家であるアメリカにはびこる差別・偏見・憎悪がふんだんに描かれています。そしてこの冒頭のやりとりは、人種の異なる者同士の壁を印象付け、その後の登場人物たちの緊張感や対立を強調する役割を果たしています。
そんなひと悶着の後に、事件現場に到着したグラハムは、被害者を見て呆然とします。
そこから物語はその36時間前にさかのぼり、まったく事故に関係しない人々の出来事も絡めながら、事件が起こるに至った過程をたどっていきます。
はじめ時系列がつかみにくいうえに、次々と新たな登場人物が出てきて、ストーリーの展開についていくのに苦労します。
しかし後々、彼らの思惑や行動の余波は、余すところなくつながりあっていき伏線として機能するのです。
ペルシャ系人種のファハドとその娘ドリは、弾丸を買おうと議論している際、銃屋の主人に「オサマ(・ビンラディン)」と呼ばれ怒り狂います。
白人夫婦の地区検事リックと彼の妻ジーンは、若い黒人男性アンソニーとピーターを警戒して避けたために彼らの怒りを買い、銃を突きつけられ車を強奪されます。
映像監督のキャメロンと妻クリスティンの黒人セレブ夫婦は、強奪されたSUV捜索中だった差別主義者である白人警官ライアンに、嫌がらせの尋問を受けます。その際あろうことかクリスティンには、屈辱的なわいせつ行為まで。
同行していた同じく白人警官のトムは、そんなライアンを激しく嫌悪しますが、彼自身も独りよがりな正義漢の側面をもっています。
我々日本人には「どうしてそこまで」と理解しがたい、生産性のない小競り合い、一方的な悪意に満ちたぶつかりあいの数々。
自身が偏見で苦しんでいるのに、やはり他者を偏見まみれで見てしまう。
各々が置かれた立場への不安のはけ口として差別感情を抱いていたり、知識のなさや想像力の欠如からボタンの掛け違いでしかない誤解が生じたり、その繰り返しでさらなる憎悪を増幅させていたり。あらゆる場面で負の連鎖が起きてしまっています。
しかしそれもあるいは、人種問題のほとんどない日本人ならではの、高みの見物的な偏見かもしれませんが。
様々な人種間の誤解と対立を示唆する“crash“(ガチャンとぶつかる、衝突する)がタイトルですが、実はこの映画、同時に彼らの「和解」も物語のテーマになっています。
最終的には自らを省みる者。逆に思いがけない悪に堕ちる者。
冒頭の事故に向かって、交錯していく人間関係。彼らが織り成すドラマは、見るものに実に多くのことを語り掛けてきます。本当は何が正しいのか、一体誰が間違っているのか。
ぜひその叫びに耳を澄ませて、それぞれの心の内を垣間見てみてください。
人種問題に切り込む2006年アカデミー作品賞「クラッシュ」(2004)
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