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Book:25「チグリスとユーフラテス」(1999)新井 素子 著

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ライトノベルズの先駆けと称される新井素子氏。
もともとジュニア小説も執筆されていたため、文体が一昔前の漫画のような「くだけた」口語体なのが特徴です。初めて手にする大人の方には、あるいはかなり抵抗感があるはずです。
私は幸い?初めて彼女の作品を目にしたのが中学生の頃だったので免疫ができており、成人してからもその魅力を享受することができました。

筆者が高校2年生の時に「第1回奇想天外SF新人賞」に応募した『あたしの中の……』は、かの星新一氏が絶賛。最優秀賞に推したものの、目新しい文体ゆえに他の審査員の反対にあい佳作にとどまった、というところからも彼女の作風がうかがえるでしょう。
この作品はそのままデビュー作となりました。粗削りではありますが、これを書いたのが高校生だと聞けば誰しも驚く内容ですので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

さて、そんな氏のSF作品「チグリスとユーフラテス」をご紹介したいのですが。
まずなかなかのボリュームです。読書好きでなければ、本の厚さに怯むことでしょう。
しかしいざ読み始めればすぐさまその世界観に引き込まれ、一気に読み進められるはずです。
先にお伝えしたように、最初は文体に戸惑いはするはずですが…。しかしその内容は、へたな純文学より奥深く、なんなら「重い」くらいです。

主人公は少女のような恰好をした老女
時代背景はずっと先の未来。地球から他星系への惑星間移民が行われるようになり、9番目の移民惑星である「ナインが舞台となっています。

実はこの老女「ルナは、この惑星の最後の住人でした。

当初は凍結受精卵・人工子宮を用いて、わずか37人から人口120万人まで増加したナインですが、原因不明のまま人々は不妊となり、徐々に人口が減少していきました。
そして迎えた「最後の子供」がルナでした。

彼女は常に「子供でいる」ことを求められ、年をとっても「子供」として生きていきたのです。

しかしついに「惑星上の最後の一人」となり、こうなることがわかっていながら自分を産んだ母、そしてナイン社会に強い憤りを感じていました。
そんな彼女がとった行動。
それは治療法のない病気や怪我で、コールドスリープをしていた人間を順番に起こし始めることでした。

すべてが恐怖です。
まず最後の一人になること。
いずれにせよいつの日か、人類の誰かは最後の一人になるはずです。まあ一斉に絶滅する可能性の方が大きいかもしれませんが。
現段階で自分が「最後」になる可能性は低いにしても、普通に想像しただけでゾッとしますよね。
それを具現化した物語ですので、人類誰しもがもつ怖さを突いてきます。

さらに未来に希望を託しコールドスリープしていた人間が、助かる見込みのない状態でたたき起こされる。そしてそこにいるのは、奇妙な老婆が一人。
先人に対しての、なかなかの復讐です。
でも当然ですね。自分がその状況に置かれたら、絶対に同じことをやります。

彼女はまず自身の叔母から起こし始め、時代をさかのぼって最後はナインの開拓者である英雄であった「先祖」にたどりつきます。
そうして起こした彼らに「自分の人生とは何か」を問いただすルナは、本当に寂しい子供そのものです。

次々に問いかけ、それぞれの答えを受けて。そして彼女はどう生きることにするのか。

きっと読みおわった後には、宇宙の片隅で「チグリス」「ユーフラテス」と名付けられたホタルの舞う姿が、心の奥底に何度もよみがえることでしょう。

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