当初ミステリ作家として、高い評価を受けていた著者。
その手腕をもとに恋愛小説を手掛けたところ、なんともトリッキーかつ叙情的な、ほかに類を見ない作風を醸し出すようになったお方です。
私は大学生の頃、恋愛観をこじらせたヤバい友人に激推しされ著書を手にしたのですが。
恋愛小説なのにまるで推理小説かのような、二転三転では済まないどんでん返しの数々。登場人物たちの気持ちや立ち位置が180度豹変する、あまりの変動ぶりにびっくりして、続けざまに何冊か読ませていただきました。
語り手が変わって物の見方が変わるのはもちろんですが。それだけではない、出来事の裏に隠された本来の意図や、心理のゆらぎの描写が非常に卓越しているのです
短編でも必ず流れが一転しますが、長編だと目まぐるしい勢いでストーリーが転換していきます。
あるいは作品酔いして、ドロップアウトする方もいるかもしれません。
のちに知ったのですが、筆者は独身を貫いた末に40歳を目前に得度されたそうです。
ミステリの技巧もそうですが、世俗を離れられられた方が、特に男女間の心の機微に精通しておられることに改めてうならされました。
もちろん殺人犯が殺人の話を書くわけではないし、英雄自身がヒーロー伝を顕すわけでもない。現状に関係なく物語を紡ぐことができる。それこそが本物の「作家」の証ということかもしれません。
そんなわけで恋愛小説をご紹介しようと思っていたのですが、最近たまたま読み返したこの作品が、少しまた著書の中でも毛色が異なる作品なので、いっそこれかな?と選んでみました。とにかく著書が多くていらっしゃるので、気になる方はほかの本もどんどん検索して(あるいは図書館や書店で実際に手に取って)みてください。
物語の主人公は、芸能マネージャーの北上。
わがままで横柄な大スター花村のもとで耐えしのいでいるかに見え、実は彼を裏切って新たなスターを発掘することを目論んでいました。
そしてついに、秋場という粗削りな原石に出会います。
芸能の世界には興味がなく渋る彼を、なんとかモノにしようと企む北上は、その恋人である鈴子を味方につけることにしました。
思った以上の成功を収めるものの、北上・秋場・鈴子の3人のバランスは徐々に均衡を欠き、それぞれの思惑は予想外の方向へ動き出すのです。
連城三紀彦作品の根幹であるどんでん返しは、先にお断りの通り一度や二度ならず。
秋場との出会いから鈴子との密約まで、何が本当で何が仕組まれたものなのか読むほどに翻弄されます。
しかし原点である巧妙なミステリ作品や、あでやかな毒を含んだ恋愛小説ともまた一味違う。
芸能界の闇と3人それぞれがもつ危うさが、物語を思いがけない方向へと導いていきます。
様々な要素が絡み合う複雑で切ない、その三角関係の行き着く先は…。
その独特の筆致がいざなう華やかな絶望の世界に、とりあえず一歩足を踏み入れてみませんか。
病みつきになるかもしれませんよ。
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