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book:23「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」(1996)河合 隼雄・村上 春樹 対談

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教育学部生だった97年、読書好きで勉強家の友人が「すごくためになる」と誘ってくれたのが、日本の臨床心理学におけるパイオニア河合速雄氏の講演会でした。
確か児童心理学をメインにした内容だったと思います。
なんの知識もないまま参加したのですが、河合氏の「物語のもつ力」について語るその内容には、子どもたちの可能性を信じる心に満ちていました。
私が人生で初めて出会った「この人、本物だ」という感触でした。

その後、氏の著書をいくつか拝読させていただき、ロジカルながら温かみのある文体にさらに惹かれ、もともと興味のあった「心理学」にも、ますます関心を抱くようになりました。

ところで私は高校生以来「村上春樹作品」に傾倒していた、軽めの「ハルキスト」です。
そんな私が表題の本を見つけたときの、感動を想像していただけますでしょうか。
大興奮して冊子を購入。よもや、彼らに接点があるとは。
まあ当時より四半世紀以上たった今にして思えば、さもありなんな組み合わせではありますが…。
というわけで本書の内容より、お二人のことについての紹介、になるやもしれません。

高校生の時、村上春樹作品を初めて手にしたのは『ノルウェイの森』でした。あの赤と緑のシンプルにして美しい装丁に惹かれたからですが、いざ読み始めるとその世界観は青天の霹靂。学校の図書館にある著書をすべて読みあさり(幸い全作品あった)、さらに嘗め回すようにすべて再読までしたものです。
そうして当時の最新刊『ねじ巻き鳥クロニクル~第3部~鳥刺し男編』が書店に並んだのは高校3年生の時でした。学校に入ってくるのを待ちきれず、私が人生で初めて購入したハードカバーの本でもあります。みんなが赤本を開く中で、うっとりその分厚い本に読みふける私を、クラスメイトは遠巻きにしておりました。私浮いてたなあ。そもそも勉強したくなさ過ぎて、それに限らず小説ばかり読んでいた頃ですので。

河合氏のお話に戻ります。
国内最難関の一つ京都大学で数学を学んでいた、日本のトップ・オブ・ザ・トップの理系であった河合氏。ところが専門とは異なる心理学者フロイトの「夢判断」に感銘を受け、その世界にのめりこんだそうです。
その後、心理学や教育学を学んだ人にはお馴染みロールシャッハテストの実践を通して、京都大学大学院にて心理学の土台を築き、日本人として初めてスイスのユング研究所足を踏み入れることになります。

ところで「箱庭療法」をご存じでしょうか。
心理療法の一種で、セラピストが「見ている」状態で、患者が箱の中に思い思いの世界を表現する手法です。河合氏はそれを日本に紹介した人物でもあります。
心理学、それもただ机上におけるものでなく「臨床的な」心理学を発展させた立役者といえるでしょう。

この本は、そんな二人の対談集ですが、「前書き」としていかにもハルキ的な序文で始まり、奥ゆかしい河合氏の「後書き」で締められます。

村上氏がくだんの長編『ねじ巻き鳥クロニクル~第3部~鳥刺し男編』を執筆中に行われたこの対談。第1部と第2部を主題として「その物語の世界観を、筆者自身と心理学の第一人者が読み解く」ファンにはたまらない構造になっています。

この物語を読まれていない方にはちんぷんかんぷんかもしれませんが、読んだ方なら高速でうなずくノモンハン事件のくだりのトラウマ具合、そしてハルキワールドさく裂の「井戸の壁向け」が物語の核である点をなどが語られます。

物語のもつ物語性。
先の講演のように、河合氏はその力をよく知り伝えるお方です。村上氏は「雨月物語」に触発された人物でもあるので、日本に古くからある物語のもつ力を感じているおひとりです。
そんな二人の語る「紫式部」の世界観や、それらに見る「日本人」のある姿。

お二人ともアメリカで長く暮らし「英語」という言語に造詣が深く、その表現の特性をよくご存じでいらっしゃいます。そのうえで彼らの考える「日本語」や「英語の日本語訳」についての洞察も興味深いです。
随所に但し書き(というよりサイド執筆)があるのも読み応えあり(アンチハルキにはうっとうしいはず)です。
正直村上春樹ファンと河合氏信奉者以外には勧めがたい一冊ではあります。

しかしそのうえで二人の大ファンとして、あらゆる方にへ手にしてみることも推奨したい…。まあそんな偏ったたわごとに、興味が芽生えたかがいらっしゃれば幸いです。

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