ある朝、グレゴリー・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっているのに気づいた。
フランツ・カフカ「変身」冒頭部より
誰もが少なくとも名前は知っている名作ですね。
まったくもって今さらおすすめもないですが。
有名作品というだけで手にしたのは中学生の時でした。その当時でも、上の冒頭出だし部分からガツンときました。コレおもしろいぞ、と。
教科書に載ったり、文学史で著書と著者を暗記したりするクラスの作品の中では、最も読みやすく内容も分かりやすいものではないでしょうか。
短編ではないですが、物語を収めた本も冊子としてはかなり薄いところも、とっつきやすいでしょう。
中・高生の読書感想文にもよいですよ。
カフカについては専門的に学んでいる方が多く、作品の考察もそれぞれなされていますから(ネットでいくらでもヒットします)、まあその内容について素人の私から申し上げることはなんらないのですが。
文学作品に距離を置いている方こそ、とりあえず一度読んでいただきたい、という観点だけでお話したいと思います。
ちなみに私の好きな作家の5本の指に入る(1番は決めきれない)村上春樹・阿部公房などが、カフカ作品に影響を受けたというのを、大人になって知り感激したことも付け加えておきます。
物語は、毒虫の特徴の詳細な描写とともに進んでいきます。
これが何の虫か明記していないところも興味深いですね。
私ははじめ「カメムシ」か「ゲンゴロウ」かなと思ったのですが、段々描写が気持ち悪くなるので、途中から「まさかゴキブリ」か?とぞわぞわしながら読んでいました。
巨大なゴキブリ…普通に嫌ですね。成人してからも折に触れて何度か読み直したのですが、残念ながらそれが一番近いかもしれません。
皆さんは何だと思いますか?
それにしても家族の薄情なこと。妹は始めこそ献身的に、虫になって弱っていく彼を世話してくれますが、段々とうとましく感じていくのを、いっそ隠そうとすらしません。
しかしこれ、実際に「介護をしなければならない」家族の、あるいは仕方のない側面といえなくも。
身弱な父に代わって、グレゴリーは家族の大黒柱として懸命に働いてきました。見事なまでの「ブラック」な職場で身を粉にして、己のすべてをささげて。
家族はそんな彼に感謝するというより、そもそも寄生していたような状態です。
それだから稼げなくなったうえにおぞましい姿になった彼は、もはや家族にとって生活を脅かす邪魔者でしかなくなったのは当然と言えば当然です。
そもそもなぜ彼は虫になったのか、あるいはならなければならなかったのか。
初めて読んだ中学生の時には、その点に言及しないことに、ちょっとしたフラストレーションを感じたものですが。
しかしグレゴリーの身に起きた「悲劇の意味」をあえて明言しない(意図的かどうかはわかりませんが)ことで、あらゆる人が考察したり、自身の身の上に投影させたりできる。そこが名作たりえた要素にかもしれません。
ちなみに関連本などで、この作品にはどうやらカフカ自身の人生が反映されている(父親と確執があった)ようだと知り、納得いたしました。
しかし何度読み直しても、ラストの家族の晴れ晴れ具合には首をひねります。
グレゴリーに対して、もはや冷酷というより無関心です。
「愛情」の対極は、「憎悪」ではなく「無関心」。彼らの姿勢は、それを地でいっています。
グレゴリーの存在は何だったのでしょう。
答えを求めるというより、私はそんなグレゴリーに寄り添いたくて、今後も何度かこの本を読み返すことでしょう。
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