891619611

Book:36「キュア」(2008)田口 ランディ 著

田口氏の著書といえば、全体的にかなりスピリチュアル性描写が生々しいものが多く、受け付けない人には、ただグロテスクに感じるかもしれません。
私はといえば、彼女の代表作でもある『コンセント』『アンテナ』『モザイク』の三部作に非常に感銘を受けた一人です。
ただ残念なことに、複数の著書に盗作疑惑があり、実際にご本人が認めたものもあるようで…。
しかしこの盗作というものは、どの程度、どこまで、何を指して、があいまいなことが多い。いずれにせよ彼女の独特な文体世界観は、決して猿真似で描き切れるものではない、と思う読者として少々擁護したいとは思っております。
まあそのような著者の作品だというのは先にお断りしておきます。

というわけで一応疑惑のケチがついていない本作をご紹介。
主人公である斐川竜介は、医師でありながらスーパーナチュラルな「力」をもち、しかし科学者としてそれをどこかで頑なに否定している人物です。
実は祖母シャーマンで、ある種の英才教育を施されるような環境にありました。そんな彼は幼い頃から自分の能力に気づいていたものの、特に祖母亡きあとは、その危うさゆえに自身の能力にブロッをかけるようになっていました。
そんな中でも、彼が感じ取る「生命」神秘、そしてその生命が宿る「肉体」への興味が高じ、彼は迷うことなく外科医へ。その独特な感性で腫瘍存在を感じ取り、それを神業のように適切に取り除ける高い技術をもつ彼は、今や優秀な「手術マシーン」と化しています。
しかしそれらの手術は、彼にとって「趣味」の範囲であり、そこに正義感や達成感があるわけではありません。

肉体は一つの情報系だ。トラブル対応の素早さ適切さには感服する。だが、もうソフトが古い。まだ石器時代のソフトを使っている。環境の変化が速すぎて、大脳皮質コンピュータのヴァージョンアップが追いついていない。それが多分「病い」の原因だ。古いソフトを使っているので、ときどきチグハグな対応をしてしまう。ストレスを感じただけで血小板を増やしたりする。石器時代のストレスは、猛獣との格闘。すぐに止血準備。そんなことを今でもするから血が固まって動脈硬化が起こる。古い情報で組まれたソフトが作動しているからだ。

手術中の描写です。論理的なのか感覚的なのかわからない。
ガン(腫瘍)というものの受け止め方。よく調べこまれた知識が、たぐいまれなる感性とあいまって、卓越した筆致で力強く紡ぎ出される文章はさすがとしか。
久しぶりに読み直してみて、その確かな読み応えに、改めて感動しました。
これこそが田口氏の、オカルトロジカルの融合。

機械的に手術をこなす竜介ですがさらに、患者の意識に同調し、その意識を「あるべき」状態に整え、肉体的な痛みや、精神的な苦しみをやわらげる「キュア(治癒)」とも呼ぶべき力がありました。
しかしその力は彼を消耗させ、時に混乱させます。それでも自然と、その力を発揮してしまう。

そんな彼のもとに、同じ病院に勤めるという看護師の女性が突如として現れ、竜介が特別な血筋であることを知らされます。そして彼の肉体が、死病に侵されていることも。
はじめは一笑に付して取り合わなかった彼も、次第に自身の不調を自覚し、自分のもつ「力」の出自や在り方を、見つめざるを得ない状況へ。
彼の能力に触れた元患者や、その特異さに気が付く医療関係者。彼を取り巻くそのような人々に、半ば導かれるように竜介は自分を受け入れていきます

個人的な話になりますが。私の母は、初期の乳がんが発覚後、闘病すること2年半。結果的に腫瘍が全身に転移して亡くなりました。
「初期の乳がんなんてすぐ治るでしょう?」と、はじめは大したことがないと思っていたし、母はとても健康に見えた。
しかし腫瘍力強く、人間はただ無力でした。そして母が感じ続けたであろう痛み恐怖
それらを目の当たりにした身内にとって、この作品は実にリアルです。
もしかしたら闘病真っ只中の方や、そのご家族には辛すぎるかもしれません。
逆に何らかの、決着を得た人であれば共感は多いと思います。

おすすめとは言い難いかもしれません。
それでもやはり少なくない読書経験の中で、一目おく作者、そして輝きを放つ一作であったことはお伝えしたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました