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Book:42「片目を失って見えてきたもの」(2002)ピーコ著

私の一日は、朝起きて顔を洗うとき、洗面所の鏡の前で、まず義眼をはずし、目薬をさし、石鹸せっけんで義眼をていねいに洗うことからはじまります。

衝撃的な習慣を淡々とつづるピーコさん。
もう20年以上前の著書になりますが、昨年お亡くなりになったのを機に読み返して、改めてそのお人柄をしのぶこととなりました。

若い方たちにはあまり馴染みはないと思いますが、我々世代にはテレビ界をけん引した立役者のお一人として認識される方です。
おねえキャラの先駆けであり、それがまた一卵性双生児というのが当時はとても目新しかった。
80年代には弟のおすぎさんと息の合った掛け合いで人気を博し、90年代には人気コーナー「辛口ピーコのファッションチェック」で大活躍を見せました

しかし歯に衣着せぬ物言い、性的マイノリティとしての立ち位置など。
批判にさらされることもしばしば。
今でもご活躍の三輪さんにいたってはおかまという蔑称べっしょうをいたずらに使って偏見を助長している、とお怒りになって絶縁状態にあったようですね。もちろんもっと辛酸をなめられてこられた方ですので、思うところが色々おありだったのでしょう。

その後さまざまなジャンルの「双子タレント」が生まれましたし、今でこそ「おねえキャラ」も確固たる地位を築きましたが(もちろん今でも色々ご苦労はおありだと思いますが)。
その開拓者であった「おすぎとピーコ」のお二片は、どちらも認知症を患い、ピーコさんの晩年は少々お寂しいものだったようなのは残念です。

改めて著書の内容についてですが。
当時50代のピーコさんが、悪性腫瘍のあった左目の摘出手術を受け、11年が経過したところでお書きになられたものです。

ガンの告知は、おそらくほとんどの人にとって青天の霹靂でしょう。
当時44歳だったピーコさんも、もちろん大変なショックを受けられました。
しかしそれ以上に、周りの方たちの反応がすさまじかったようです。

おすぎさんは怒り狂い、親友で女優の吉行和子さんは泣き叫び。
一回り年の離れた長女は「神様、目が欲しいのなら、ひとつだけあげましょう。だから、もう、お願いです。この子からこれ以上、何もとらないで」と祈り、体の不自由なもう一人のお姉さんまでもが「私の目を代わりにあげたい」と口にしたそうです。
そのほかにも多くの友人たちが、それぞれのやり方で優しく寄り添ってくれた、温かなエピソードが紹介されています。

それにしてもピーコさんの幼少期(戦後まもなく)に、女の子のような立ち居振る舞いをする息子たちを、ありのまま深い愛情をもって育て上げたご両親がお見事です。もちろん礼儀作法などは厳しく躾けられたそうですが、しかしその当時にでですよ。「男らしくしろ」と言われたことはないそうです。
そんなご家庭ですから、自然とお姉さん二人も、弟たちのことをいつくしみかわいがりました。

そんなふうに育てられた子どもは、愛され方も愛し方も知っているのでしょう。
学校の先生やお友達にも人気者だったようです。

そこからいかに人に恵まれ、人脈を武器に夢をかなえたのかをお話されていますが、それこそご本人の人徳によるものでしょう。
それでも恋愛は一度も成就したことがなく、その切ない胸の内についても語られていました。
そんな人生の中で得た教訓のひとつ。誰かを思うときは決して見返りを求めない。
凛とした生き方の中にぶれない軸を感じて、読むほうも襟を正す思いでした。

晩年はおすぎさんと確執があったり、ご自身殻に閉じこもるような状況にあったりもしたようです。
しかし本書を読むにつれ、やはり誇りをもって生きてこられた方だな、としみじみ感じ入りました。

またご自身の「美の基準」についても一章をいてお話されていますが、その内容が共感しかありませんでした。
「頭が悪い人は全てブスである」
ともすれば誤解を招く表現です。しかしこれは常々私も思っているところでした。

ピーコさんのいう頭のよさとは、教養であり、他者を思いやる心であり、自分の身の丈を知ること。
そうでない人がどんなに着飾ろうと、たとえ顔かたちは整っていようと、きれいであるはずがない。

その上でピーコさんは、ガンで「死」を意識したことで「野の花」のような「素朴な美しさ」にも改めて気付けるようになったことも語られていました。

さらに最終章では「死生観」にも触れられていたのですが。
そこで書かれていたお母様が亡くなられた後のエピソード。購入時はなんとなく読み流した部分でしたが、実際自分が母を亡くした今読み返すと、私も同じような感覚をもったことを思い出したのでした。

ちなみに近年のネット書評を見てみると、絶賛されている方と批判されている方が半々のようです。
マイナス評価されている方のレビューを拝見すると、本の内容うんぬんよりピーコさんのことがお嫌いなんだな、と感じました。
私は大好きだったので悲しく思いますが、私も嫌いな人には意地悪な見方をしますので致し方ないでしょう。

おそらく誰にでも好かれようと思って生きておられた方ではないので、勝手ながらピーコさんらしい評価のされ方のような気もします。

テレビでご活躍のさなか、トレードマークの色メガネの奥で、片目が動かないのを「斜視なのかな?」くらいに思っていた私。
大人になったある日、めったに手にしない週刊誌で、たまたまこの本の一部の手記を読んだのも、何かのご縁だったように思います。そしてその内容にとても驚き、すぐさま本書を購入したのでした。
あとがきはおすぎさんが、帯は吉行和子さんが書かれているのもいいですね。

おねえ言葉のオブラードに包んだ毒舌は小気味よく、しかしそこに確かな配慮を感じたのを思い出します。
だからこそ、多くの人が支持していたはずです。
本書を読み終えて、その背景を知ったことで、その理由が得心できました。

全盛期をご存じの方も、知らない世代の方も。絶望の淵に立たされた人が見る、絶望だけではない景色を、ピーコさんの失った片目を通してのぞいてみませんか

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