自主制作の低予算映画として大バズリした、超話題作品です。
私自身はといえば、気になりつつ上映期間を逸し、地上波で放送されるのを知って喜んだのに見逃し、遅ればせながらアマゾンプライムで発見してつい先日ようやく視聴したところです。
今世紀最高の傑作!とまではいいませんが「なるほどいい映画だ」としみじみ感動したため、筆をとった次第であります。
とにかく時代劇愛に満ちあふれています。数々の時代劇へのオマージュ、散りばめられた「伝説の斬られ役」福本清三氏へのリスペクト。
幕末の侍が2007年(の設定)にタイムスリップしてくるわけですから、いわば現代劇ですが。「廃れ行く時代劇を守ろうとする人々の心意気」がコミカルかつ切実に描かれ、主人公は本物の侍ですから、一種の時代劇と呼べるでしょう。
そしてネタのように入れ込まれた古典的手法のセンスが秀逸。コメディの中に「実際の武士の苦労や悲哀」を練り込む緩急のつけ方もお見事。
手あかのついたタイムスリップベースに、安直ともとれる「侍」=「斬られ役」。へたすれば(いっそ高確率で)陳腐な駄作となる設定です。しかしそこに筋の通った製作者の意図があり、ドンピシャな役者勢が布陣されることで、ディティールまでこだわった完成度の高さを生み出したのです。
脚本を見て(あるいは概要を聞いて)、多くのスタッフや役者陣が賛同したといいます。中でも東映京都撮影所が「自主制作映画」に対しては異例の全面協力を惜しまなかったというのは、安田監督の打出した構成が青写真の段階で、いかに生命をもったものだったかがわかります。
私は邦画、ましてインディーズ作品に明るいような、映画マニアではありません。なんなら付き合いで観たインディーズ映画2本が、いずれも「ホームビデオですか?」というレベルで。まあ苦痛だったトラウマがあり、それもあってこの作品に二の足踏んだくらいです。『カメラを止めるな!』も、評価はしつつちょっと苦手でしたし。
しかし子供の頃(80年代)は、まだまだ時代劇全盛期。
「水戸黄門、いつもこの時間に印籠出してワンパターン」と文句言いつつ、毎週見逃すことなく。最初から最後までチャンネルを変えなかった程度には、素直な時代劇好きでした。
水戸黄門に限らず時代劇全般が、その多くは人情物で、感情に訴えてくるわかりやすさもさることながら。「江戸」という非常に民度の高い、洗練された世界観も魅力的だったと振り返ります。そこに日本人の、日本人たる誇りを感じたと言いましょうか。
ですから時代劇への愛は、するっと同調できました。
それから再放送もたくさんあり、馴れ親しんでいたためでしょうか。私が初めて「かっこいい!」と心の底から思った男性は「大岡越前」の大岡忠相公(加藤剛氏)でした。
端正なお顔立ちに、知的なまなざし。優美な立ち居振る舞いと、お裁きを下す毅然とした表情。美しき奥様への気遣いも常に完璧で。てかフツーに理想の男性像そのものじゃないですか?
さらに友人で医師の伊織さま(竹脇無我氏)もすてきで、お二人が並んでいる場面はまさに眼福。げに麗しき殿方たちに、目をハートにする渋い女児でございました。
そんなわけでワタクシ、月代の似合う男前に弱いのでしょう。この映画の主人公高坂新左衛門、ぶっちゃけタイプでございました。
幕末の会津藩士という、平たく言えばあとのない田舎侍です。若くもありません。
長身で整ったお顔立ちではありますが、大岡越前のような超絶ハイスペック美男子の華やかさは皆無。しかしその悲壮感やうらぶれ具合が、世俗にまみれたアラフィフ女子の目には、また別の角度からそそられるといいますか…。
失礼、個人的嗜好はおいときましょう。主演の山口馬木也氏は、脇役とはいえ長らく多くの作品に携わってきた、実績ある俳優さんです。今回その実力と存在感を、いかんなく発揮されたということでしょう。
「タイムスリップしてきた侍」が、自動車を見て「鉄の猪だ」とのたまうほどベタな場面はありませんが、「テレビを見て仰天する」お約束のシーンでは、実に自然で笑いをさそう演技を見せてくれます。
そんな彼を居候させることにした、住職夫婦の反応もいちいちうまい。こちらもいかんなくベテランぶりを見せつけ、花を添えます。
ストーリー展開もいい。
状況を飲み込むのが非常に早い新左衛門は、自分が140年後の未来にきたこと。この時代で生きていくには、「斬られ役」という職業に就くのがベストであることを悟ります。
さらに侍として実践的な剣の腕を磨いてきたとはいえ、殺陣は別物だということもしっかり理解。竹光の軽さに驚きつつ、それを真剣らしく見せようと工夫する誠実さ。撮影所で出会った師匠の教えをよく受ける柔軟な姿勢は、実に好感をまてます。
この師匠役ですが、冒頭でも述べた福本氏に依頼する予定(そもそも彼を想定した役)だったのが、コロナで撮影が延びた期間に、ご病気で亡くなられたため断念せざるを得なくなったそうです。
そこで殺陣技術集団東映剣会で活動を共にしていた峰蘭太郎氏に代役を依頼したところ、快諾されたという経緯があったのだとか。
そんなふうに、安田監督の思いの丈を、多くの方がくみ取って出来上がったこの作品。
随所に全員の熱量が感じられます。そうしてそれが映画全体に深みを与えているのが伝わります。
それにしても、主人公を支えるヒロイン山本優子を演じる沙倉ゆうの氏が、役柄同様「助監督」というのも驚きです。
事前に話題となり知っていたにも関わらず、あんまりかわいらしいので「え?女優さんじゃないの??」とびっくりしました。まあ安田監督の前作でも主人公をされているので、実際女優さんではありますけどね。
さらに沙倉氏のお母様がスタッフに加わっていたり、姪御さんが「町娘役」の役で出られたりと。自主製作映画ならではの全員の手作り感を知るほどに、作品への愛着が高まります。
そもそも安田監督が、兼業農家ですからね。2足どころじゃないワラジを履きながら、どれほどの情熱でこの映画を完成に導いたことでしょう。作品の中で、愚直な主人公が大抜擢されたのに対し、撮影所所長が「誰かが見てくれている」と漏らした言葉は、もちろん福本氏への賛辞でしょうが。安田監督自身へも返ってきていますよね。
そして物語のクライマックス。竹光(偽物の刀)で行うはずの映画の殺陣シーンを、新左衛門たっての希望で、役者魂と見せかけて侍の本分で真剣を用いることになるのですが。(その理由は本作でご確認を)
ややこしくなりますが「殺陣を真剣で行う」という撮影の場面を、実際には真剣を使わず(当たり前です)、いかに「真剣で行っている」ように描くのか。そこがこの映画において、安田監督がもっともこだわったところだそうです。
そのため、このシーンはコメディ要素ゼロ。斬りあうまでの間合いの取り方一つとっても、臨場感が半端ない。「見守る制作陣」の演技も、息をつかせぬ緊迫感で、これでもかと監督の本気を感じさせます。
2時間超の映画は、海外メジャーの大作でも中だるみしがち。しかし本作は、まったく退屈することなく見終えることができます。というかこれを見て「おもしろくない」という人がいたら会ってみたいくらいです。
時代劇の全盛期を知る世代には、ツボだらけのはずです。そうでない世代にも、新鮮な驚きと楽しさをもたらすこと請け合い。久しぶりに、自信をもっておすすめしたい作品です。
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