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オーストラリアW.H.体験記2003:その②ケアンズ到着!ホームステイ編

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じゃらん

【事前に】オーストラリアってどんなところ?

私が約1年を過ごしたオーストラリア。そのお話を始める前に、かいつまんでこの国の概要を説明します。

広大!すぎる国土

オーストラリアと聞いて皆さんが思い浮かべるのは、グレートバリアリーフの広がる美しい海洋でしょうか。それともカンガルーが飛び交う赤茶けた乾燥地帯でしょうか。

世界で6番目に大きな国で、その面積は日本の約21を誇るオーストラリア。
実に様々な顔を持っております。
縦の長さは日本と変わりませんが、加えて横にも広いその国土。南北の寒暖差のみならず、東西では3時間の時差が生じるのも大きな特徴でしょう。

そして人口は2億人ほどと、日本の2倍近くですが。20倍以上の土地に対してはいかに人間が少ないかがわかります。そもそも内陸は砂漠が広がり、逆に北東などはジャングルと化し、南西は山岳地帯。人が住める場所は限られますから当然ですね。
いくつか大きな都市はありますが、東京やニューヨークのような密集具合ではなく。またそれぞれの都市間も大きく離れ、その間にあるのは「田舎」というより「未開地」のようなところも多いのです。

アメリカとの違い

まずは地理的な観点から

アメリカ合衆国と似たような国土面積で、同じように先住民を迫害しヨーロッパからの移民で構成されるオーストラリアですが。その大きな違いは、独立した大陸であることでしょう。

アメリカは、同様に国土の大きなカナダやブラジルと陸続きですから、大きな国の中の一番大きな(力のある)国として、その立ち位置を確立しています。地続きで移民が流入しやすいのは問題も生みますが、複数の国の相乗効果による経済の動きもすさまじいでしょう。
一方オーストラリアは、オーストラリアで完結しています。何かしらの競合もないといっていい。結果的に「オーストラリア」然とした、のびやかな空気感があります。

固有の進化を遂げた生き物、ワイルドワイドなお国柄

生物学的にも独自の進化をたどった特異な国オーストラリア。
カンガルー、コアラ、ウォンバットなどの「有袋類」をはじめとし、哺乳類なのに卵を産むカモノハシなど。オーストラリア固有の生き物が非常にたくさん生息しているのも大きな特徴です。

また世界で最も危険と言われるインランド・タイパンなど、実は毒蛇の種類も世界一多く、アウトドアでは注意が必要です。
日本でも発見されニュースになったセアカゴケグモなどは生活圏内にいますし、ワニが町中に現れて捕獲されたというニュースも見て凍り付きました。熊とどっちが怖いだろう…。
ワイルドワイドな魅力は、その危険性とも隣合わせだというのは忘れてはいけません。

まるでイギリス?日本とも似ている!

アメリカとの違いはイギリスの植民地であったことにもるでしょう。
オーストラリアは、イギリスの自治領として連邦を形成しました。ですからあらゆる点でイギリスの影響を受けています。
そもそもイギリス国王・女王は、オーストラリア国王でもあるんです。
ただイギリスでは日本の天皇のように敬われるエリザベス女王も、オーストラリアでは支持率?が低く、かなり形式的なもののようです。しかしストリート名などに使われ、馴染みは深いですね。
大統領制でないところもイギリスと同じ、というか国王性≒天皇制のように、日本と同じでもあります。

もう一つなによりも大きな日本との共通点。それが世界で圧倒的にマイナーな左車線であることに尽きます。イギリスはじめ、かつてのイギリス領がそうなのですが、オーストラリアも左車線ですから日本人も普段通り運転可能。日本から空路一時間そこいらの台湾や韓国ですら右車線で、タクシーに乗っていてもビビりますから、いかにオーストラリアが住みやすいかわかるはずです。

オーストラリアの人々

オーストラリア先住民

オーストラリアにもともと住んでいたのはアボリジニと呼ばれる人々です。
ゴールデンラッシュで訪れた白人たちに迫害された、のもそうですが。独特の生態系で生きてきた彼らの、免疫がない病原菌を持ち込まれたこともあり人口が減少したそうです。
現在は総人口の2%ほどとのことですが、20年前の私の滞在時、お昼からお酒を飲んでいる方をよく見かけました。国の補償を受けているようなのですが、働けないのから保護されているのか、保護されているから働かないのか、正直私にはよくわかりませんでした。このあたりの問題が今どうなっているかよくわからないのですが、完全にマイノリティな存在なのは確かでした。
もともとの言語も、ほとんど消滅しているようです。混血も進んでいるので、その人口はさらに減っていくのでしょう。

アボリジニ少女が母のもとへ帰る映画「裸足の1500マイル」(2002)

郷土教育的な意味合いでしょうか。入校した語学学校では、在校生に授業で視聴させるある映画がありました。その名は「裸足の1500マイル」。日本でも問題になっていた優生思想に基づき、アボリジニの混血児を親元から引き離す隔離・同化政策がとられていた1931年が舞台です。そこに収容された主人公である10歳の少女が、同じ年のいとこと8歳の妹とともに、寄宿舎から2400km離れた母の元に帰ろうとする物語です。事実に基づいた小説が原作で、オーストラリアの歴史を知らない受講生たちは、これによりアボリジニの人々が受けた迫害の一端に触れることになりました。

その他多くの移民

多民族国家のオーストラリアですが、国民の約7割はヨーロッパ系の白人です。さきの映画のように、その昔「白豪主義」という国家政策で、白色人種以外の移民を受け入れることを基本的に禁止していた結果だと聞くと、ちょっといい気分はしませんね。
その次に多いのがアジア人の約12%。シドニーには大きなチャイナタウンがあり(私はのちのにそこでアルバイトをします)華僑の力がもちろん及びます。その他インド、フィリピン、ベトナム、韓国、スリランカがその上位を占めます。日本人もかなり目にしますが、移民というよりは留学生やワーホリ滞在者が相当数いるからでしょうね。
そしてアフリカ系の黒人が約1.5%で、アボリジニの2%を踏まえても、アメリカよりはるかに白人社会です。黒人の方にはめったに出会わず、感覚としては沖縄よりずっと少ないくらいです。

【ついにケアンズ・イン】ホームステイってどんな感じ?

それでは本題に入ります。ワーホリメーカー(ワーホリで渡航している人)は、まずオーストラリアでもどの町に行くかを決めることになります。日本からほぼ時差のない縦移動の東側(シドニー・ケアンズ・ブリスベン)を選ぶ方が多いですね。私もご多分に漏れずケアンズインを選択。日本(私は関空から)から一番近い国際空港(6時間ほど)だったのが決め手です。

6月の北部ケアンズは初冬、しかし南の初夏みたい?

2003年6月末、26歳になったばかりの私はケアンズ国際空港へと降り立ちました。日本と季節が真逆、すなわち初夏でなく初冬ということです。
しかしそこは国の北側。これも真逆で、北に行くほど赤道が近いため暖かくなります。沖縄の12月頃と同じような体感、といっておわかりいただけますでしょうか。
日差しがある日中は熱いこともあるくらいですが、夜は少々ひんやりといったところ。結果的に、日本の初夏の感覚に近いかもしれません。
うーん時期的に日本の初夏で、現地では初冬で、気候は初夏っぽい。一周回って移動前後の体感変化なし。アメリカ旅行の横移動(時差17時間)と違って、改めて赤道越える縦移動(時差わずか1時間)っておもしろい。

ドキドキのホストマザー対面

空港には、名前の書かれた紙をもつたくさんの人たちが待ち構えています。その中に私の名前を発見!ホームステイ先のお母さんがお出迎えに来てくださいました。
彼女は当時63歳だったと記憶しております。イギリス出身の白人女性で、170㎝は優に超える長身で白髪のおばあちゃんです。元来人見知りの上、当時の私は英語がほとんど話せません。しかし彼女は慣れたもの。のちに聞いたところ、ホームステイ受入を3年ほどしていて、日本人学生も多かったとか。旧式のホンダシビックで空港からの約20分。私がわかりそうな内容で、ゆっくり話しかけてくれました。

ケアンズの気候は馴染み深い…ってか違和感なさすぎ!

そんな家路までの車中で、お母さんが声高らかに言いました。「ほら、すごいでしょう?シュガーコーンよ」そこには一面に広がるサトウキビ畑が…
お母さん鉄板の紹介のはずなんです。迎えた留学生が一様に感激(北欧人はもちろん、ほとんどの日本人だって)する景色のはずなのです。しかし私は奄美出身で沖縄に住んでいた人間。私にとってサトウキビ畑は、多くの日本人の田んぼと同等の日常。むしろ田んぼこそ圧倒的に珍しく感じる島人です。
私の語学力ではそんな説明ができようはずもなく、ただニコニコごまかしながら「選んだ町、失敗か!?」と落胆したことは否めません。
さらにケアンズに頒布する絞め殺しイチジク。その形状はガジュマルそのもの。のちに小旅行で近隣のレインフォレスト(熱帯雨林)に行ったときには、シダ植物に感嘆の声を上げる各国の旅行者をしり目に「フツーに山原じゃん…きっと私は奄美か沖縄から出られていないのね?と、異国にいるはずの身に幾度となく疑問を投げかけるのでした。

ホームステイ先は、ザ欧米ハウス

シュガーコーンショックはさておき。到着したステイ先は、とても素敵な平屋のおうちでした。
裏庭が広く、芝生が敷き詰められ塀がない、イメージとしても欧米的な一軒家です。小さなプールもありました(葉っぱがいっぱい浮いて池みたいだったけど)。
専業主婦のお母さんが家の中を隅々まできれいにしていて、ゲストルーム二部屋がホームステイ用に貸出されていました。そこにはすでに一人の日本人の男の子(22~3歳)がホームステイしていたのですが、入れ違いでその日!帰国するとのことでした。1か月の短期留学だったそうです。
わずかな逢瀬でしたが、ホストファミリーの人となりを一通り教えてもらえました。さらに「お姉さん絶対モテるから、変な男にはくれぐれも気を付けて」と注意をいただきました。ええ、もちろんモテる気満々の、縮毛矯正バキバキ黒髪ロングですけどね。

お土産は何が良い?

まずはお土産を手渡します。私は空港でひよこ饅頭を購入しておりました。甘い和菓子は大体うけそうだし、フォルムがかわいいから喜ばれるかしらと。おかあさんはさっそく一つ手にして「あら目が合っちゃったわ」といいつつ頭からガブリ。
そして「日本のお菓子は、私あのsalty-cookieが好きなのよね~」という言葉に、そうかお煎餅が喜ばれたのか!と知るのですが。
ちなみにお母さんは喫煙者「日本のタバコもいいのよね」とのこと。2003年当時オーストラリアのタバコは1箱12豪ドル(1,000円)!しかもパッケージには“cancer kills you”の文字とともに、皮膚がんのエグイ写真付き。法律でタバコのパッケージにはこれを載せなきゃいけないんだとか。
そんなオーストラリアで、日本のタバコは安くて味がよいから人気なんだそう。のちに日本の友人が遊びに来ることになった時、お母さんに「お金払うから買ってきてもらって!」とお願いされました。2カートンまで持込可能(それ以上は課税対象)だったので、その分買ってきてもらって1カートンはオーストラリアにいる日本人の友人用にしました。
余談ですが、他に喜ばれるお土産はサランラップ。確かに海外で売っているのは、箱は業務用的ゴツさなのに中身は薄い。日本のラップって品質別格です。オーストラリアの日通さんでは、引っ越し依頼時の特典にもされていました。

郊外には大自然が広がる

ホストファミリーは専業主婦のお母さんとFisherman(漁師というより漁業全般に従事?)のお父さんのお二人なのですが。私が到着した翌日には、近くに住む息子(30代後半)がバイクで町の案内をしてくれました。ホームステイ先は中心地・繁華街から車で20~30分ほどのBayvieheightsというベットタウンでしたが、先にお話したように土地に対して人間が少ないオーストラリア。国土の多くがbush(茂み・未開地)なため、近代的な町のすぐそばに大自然が広がります。バイクで10分ほど走ると、美しい山並みに囲まれた湖にたどり着きました。

まさかのバンジージャンプで景気づけ

バイクを停めて散策していると「見て、バンジージャンプだよ」と一角を指さされました。
見ると、テレビで見るように今まさに飛び立たん人影が。
「100ドル(8,000円ほど)だってよ~やらないよね?」笑う彼に、それまでシャイ全開だった私は目がキラリ。何をかくそうワタクシ、絶叫マシン大好きなんです。当然バンジーはいつかやりたかったことのひとつ。そこはAJハケット社という大手。もう出会ったのは運命です。
「やりたい…」と彼を見ると「本気か?」と大爆笑されました。

そのままそっこーで手続き(支払&万が一の時の承諾書サイン)をすることに。
一番上まで行くと、ハーネスでしっかり命綱を固定してくれます。
ところでタレントの方がよく飛びきれず、10分も20分も粘っているのを目にしますが、正直何がそんなに怖いのか1ミリもわからない私。スタンバイ完了と同時に飛び立とうとして「待って待って」と止められてしまいました。アドレナリンマックスでお恥ずかしい…。
料金には撮影代も含まれていたので、カメラの位置を確認するためでした。一度そのカメラを向くと、ようやく「Go!」の掛け声が。
私は何ら迷いなくジャン~プいたしました。絶叫マシンのフリーフォールと同じ感覚ながら、より自由感がパナイ。その写真を発見しましたので、どうぞご覧あれ。

イギリス発音にオージーなまり

イギリス人のお母さんと会話

先にもお話した通り、ホストマザーはイギリスのご出身。20代の頃に家族で移住してきて、オージーのお父さんと結婚したのだそう。その後イギリスには一度しか帰国したことがないけれど、今も懐かしいと語っていました。

そんなお母さんが話すのはイギリス英語
ホームステイで外国人(日本人)慣れしている彼女は、はっきりゆっくり話してくれるので、まあ何英語でも関係ないのですが。そもそもオージーイングリッシュ自体、もちろんイギリス英語寄りですし(若い人はアメリカ英語寄りになっているそうですが)。

オージーなまりの洗礼

さて渡豪前、さんざん「オーストラリアなまり」の話も聞いておりました。
Helloの意味合いの”good-day,mate.”が、を「エー」ではなく「アイ」と発音するから、「グッダイマイト」と発音されると。
しかし実際にこれを耳にしたのは、のちに田舎で方言グダグダっぽいおじいちゃんからだけでした。

ところが思いがけない伏兵がおりました。お母さんと出会った初日に、彼女がしきりにアイト」と繰り返すのです。
本来お母さんの英語は聞き取りやすい。そのうえわからない単語はすぐに言い換えてくれる。
それなのに「アイト」なんて聞いたことのない言葉を、絶対にわかるはずだというのです。半泣きになったところでふと気が付きました。
エイトそう、8です。
まさかここで「エイ」を「アイ」と発音するとは…。

話の内容は忘れましたが、この衝撃は忘れられません。その後はちょいちょい気を付けていたら、全部ではなくところどころで、こんな風になまっていることがわかりました。
ちなみにすぐそばのニュージーランドでは「イー」を「アイ」と発音するから、dinnerディナー)ダイナーと言うというのも有名なハナシ。まあこれも、さすがに田舎のおじいちゃん言葉のようですが。

1日の流れ

湯水を「湯水のように使う」日本人

初日に聞かれたことがありました。「あなたは髪が長いけど、毎日髪を洗うのかしら?」
これは事前に注意事項として知っておりました。大陸で乾季のあるオーストラリアは、水が貴重
毎日シャワーを浴びる日本人は嫌がられると。
ロングヘアでバキバキに縮毛矯正の私は、もともと洗髪は2日に一度が習慣化しております。
ですからここは問題なし!
そして家でのルールとしては、バスタオルは二回使ってから洗濯というものでした。
庭に専用のタオル掛けがあり、シャワーで一度濡れたものはここにかけ、乾いたら再使用して、その後は洗濯をしてもらえます。洗濯の水も大事なのですね。
私が出かけるとベッドメイキングをしてくれ(私も一応整えるのですが、ホテルのようにきれいにしてくれます)、そこに洗濯して乾いたものを置いていてくれるので助かります。

食器洗いもはじめはびっくりします。貯めた水に洗剤を入れてお皿やコップを洗い、それをそのまま拭き上げるんです。すすぎなし!?
のちに映画やドラマなどで、アメリカなどほかの国もこの方式をとっていることを知ります。
日本人が泡一滴も残さないようジャージャー水で洗い流すのは贅沢の極みだと思い知ります。
オーストラリアでは家で車を洗うのも税金をとられる?とか。国レベルの節水が必要なのですね。

日本のように水の豊富な国の方が少ないことを、海外に出る時には十分認識しなければいけません。

食事時間の思いがけない恩恵

ここでのホームステイは朝食・夕食代も契約に含まれています。
語学学校が7時半から16時頃までだったため、朝食は6時には用意してくれ、夕飯はなんと17時にはお母さんが一緒に食べてくれました(お父さんは遅くに別で)。
学校のランチタイムが11時からだったので、早くにおなかがすくだろうということと、朝が早く就寝も早くなるからという時間設定。
おかげで私は9時就寝、朝5時半起床がすっかり定着し、これはぶっちゃけ今の朝型生活にまでつながっております。
ちなみこのホームステイ3か月で、体重が3~4㎏減りました。早めの夕食はダイエットにもよき!

朝食は定番

さて用意してくれる食事の内容ですが。朝食は薄い食パンのトーストかシリアルが定番でした。
ところがお母さん、どこかで業務用の冷凍チャーハンを手に入れてきました。
ある朝「これは好きかしら?」と出され、喜んだらところ、そこから毎朝そのチャーハンが定番にとってかわりました。
味は薄めで具も少ないのですが、米を朝からいただけるのは、フツーにありがたかったです。

夕食の数々

お母さんの夕飯は、たいていワンプレートに野菜やお肉を乗せたものでした。
さらに得意料理はパスタで、ボロネーゼの日は朝にアナウンスされます。
手作りミートソースが上手なお母さん。ラザニアも私はここで初めて食べました。

日本のカレーが好きだというお母さんが「ハウス・バーモンドカレー」のカレールーで(スーパーで手に入る)カレーを作ってくれたこともありました。オーストラリア米はタイ米などのロング米と違って、日本のコメに近いミディアム米。それを使ったライス付きです。
しかし「炊く」というより「蒸す」感じで調理していると思われ、べちゃべちゃで芯が生ではありました。ありがたく間食しましたけど。

お父さんが手に入れる小さ目のエビをたくさんフライにしてくれることもあり、これはごちそうでした。
ピザをとってくれたこともあります。一度食事の支度が間に合わなかったということで、ケンタッキーで外食したこともありました。日本ではない、グレービーソースがめちゃくちゃおいしかった。

ホームステイは当たりはずれがある

思っていた「ホームステイ」とはちょっと違う

かつて私は、ホームステイ「外国人を受け入れる」教養や余裕のある人たちの習慣だと思っていましたが。どうもこちらでは「民家の生活を体験できる」下宿のようなイメージのようでした。

そのため時にビジネスライク。支払うお金に対するサービスを行う、専業主婦のお母さんの副業的なもののようです。
しかしサービス業の常で、その内容は千差万別。本当にただ部屋を与え食事を出すところもあれば、週末一緒にお出かけしたり、手出しでランチを用意してくれたりするところもあると聞きました。

私のホームステイ先は、そこまでビジネスライクではないけれど、ある程度線引きはされている感じでした。
夕食時に学校の様子や習ったことなどを聞かれ、英語力の向上に手を貸してくれようとしましたし、時々お母さんのお出かけに同行もさせてもらいました。
学校のアクティビティの観光を申し込んだ際、マイクロバスのピックアップの電話を代わりにかけてくれるなど(「行くのは小さい日本人の女の子よ」と何度も繰り返していたのが気になりましたが)面倒見のいい方でもありました。

まさかのカジノへご案内!

語学学校で友達ができてからは、自分で出かけることが増えましたが、初日の息子の案内に続き、最初の週は、お友達の家や買い物などに連れて行ってくれたお母さん。
最初の週末に、夜のカジノに連れて行ってもらったのは驚きました。お母さんとお友達と一緒です。
人生初カジノ!パチンコだって、大学生の時(経験として)一度行ってみたきりの私は、かなりドキドキです。台座のルーレットやトランプなどは異世界のようでした。
しかしお母さんのお目当ては「1セントマシンです。1ドル以下(セント単位)で楽しめる、スロットマシンです。どうも日本の高齢者が、パチンコ屋ゲーセンに行くのと同じ感覚で、定期的に訪れていたようでした。
私も見様見真似で、10ドルほど課金してみました。そして7ドルほど戻ってきました。しかも無料ドリンク(コーヒー・紅茶)もありますから、なんならほぼ損なしです。なるほど、こういう遊び方もあるのか…。いや、経験って大事。

まさかの怪奇現象の意味を考える

ホームステイをして1か月ほどたった頃、生まれて初めて金縛りにあいました
夜中に目が覚めると身体が動かず、耳元で”Hurry up!”と女の人の声が。

始めはお母さんかとも思いましたが、もう少し若い声のようです。
しばらくすると身体が動かせるようになりましたが、一人ベッドで起き上がってビビりまくる私。
いや、特に怖いとか気持ち悪い感じはないし、声がしただけです。それにしても、お化けも英語なんですね。当たり前か。
でももちろん、びっくりしたので、よほどお母さんを起こしに行こうかとも思いました。が説明もできないので諦めましたけど。

それにしても、私に何を急げと?というか動けないのにどう急げと?
こんな怪奇現象は、オーストラリア滞在中にも一回きりでしたが、折に触れて「何か意味があったんだろうか」と考えることになりました。
まあ慣れない土地の新しい暮らしで、何らかのストレスがこういう形で現れただけだと言えばそれまでですが。それにしたって、この言葉に何か私の潜在意識が隠れているともいえます。
今でも何だったのか、答えは出ませんけれど。

h3人生最初で最後のホームステイ

もともと人見知りで、自分ルールの一人暮らしが心地いい私。
あえて臨んだホームステイは、私の人生の大きな経験値となりました。

今後人様の家で長期滞在するようなことはもうないでしょう。
ホームステイ終了後は、ホストファミリーとはわざわざ連絡を取るような関係にはなりませんでした。ご健在ならば、お母さんはもう80代半ばのはずです。もう覚えていただいていないかもしれませんが。
それでもあの3か月は、今も楽しい思い出として私の中に根付いています。

さあ次は、そんなホームステイ中の、語学学校での実り多き日々を語ります!

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