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オーストラリアW.H.体験記2004:その⑦出会いの町パース編

2003ワーキングホリデー体験記
この記事は約28分で読めます。

シドニーを後にした私は、一路パース(Perth)へと向かいます。
大陸の東から西へ、空路5時間かけての横断です。同じ国内ですが、この2都市間にはなんと3時間時差も!
はっきりした時刻は覚えていませんが、宿泊先に到着したのが夜だったのは確かです。
シドニーを正午に旅立ったとして、到着は5時間後の夕方5時。しかしその時点で現地時刻ではすでに夜8時になりますから、早朝のフライトでない限り、宿に着くのは暗くなる頃合いで間違いないでしょう。

そして私は、なんとこのパースで恋をします。ここでは彼との出会いと、次の町アデレードへの旅立ちまでをお話をさせていただきたいと思います。

まずはパース観光のお話

パースってどんなところ?

お日様に愛される都市

パースは「世界で最も美しい街」とも称される場所です。
今までいた東海岸と真逆の西海岸ですから、サンセットビーチを多く有する地域になります。
アメリカで言えばLAなどがそうですよね。縦に長い沖縄本土なども、リゾート地や商業施設のほとんどは西側にありますから「海に沈みゆく夕日」は景観として相当な強みになるのでしょう。
またオーストラリアで最も日照時間が長い都市とされ、晴天率が高いのもポイントです。

他都市と一線を画する独特な場所

とはいえ晴天ばかりの弊害は、いわずもがな雨量不足。この西側は砂漠地帯が広がり、パースは「世界で最も孤立した大都市」とも呼ばれています。
しかしカフェ文化やアートシーンが根付いており、独自のゆったりとした雰囲気がある洗練された都市でもあります。さらに市内中心部には巨大な自然公園 Kings Parkを有し、白砂のコテスロー・ビーチ(Cottesloe Beach)が市街地からほど近く、都会と自然のバランスが抜群。
しかも資源産業を中心とした経済の強さから安定した雇用があり、治安の良さも相まって「世界で最も住みたい街」に選ばれたこともある魅力的あふれる場所です。

パースには猫バスがいる! 

ところでパースに猫バスがいるってご存じですか?
何を隠そうパースには、市内中心部を巡回する無料バスという実にすばらしいシステムがあるのですが。それがCentral Area Transit(中心街交通)” の頭文字を取ってCATバスと呼ばれるようになりました。
英単語の”cat(猫)”とは本来なんら関係ないのですが、市民や観光客から親しみを込めて「猫バス」の意味合いも込められているのです。
「となりのトトロ」のそれを思い浮かべると肩透かしを食らうかもしれませんが、日本人なら「猫バスがいる」って聞くだけで楽しくないですか?

観光名所もたくさん!

動物園水族館、海沿いの商業施設ヒラリーズ・ボートハーバー(Hillarys)などの市内観光地も素敵なパース。
さらにフェリーで沖へ向かうと「世界一幸せな動物」 として知られるクオッカの生息するロットネスト島(Rottnest Island)なども見どころです。
郊外に足をのばすと、ワイナリーが集まるスワンバレー(Swan Valley)、野生のコアラやカンガルーのいるヤンチェップ国立公園(Yanchep National Park)、砂漠に奇岩が乱立するナンバン国立公園(Nambung National Park)のピナクルズ( pinnacles )など、また違った景色も見えてきます。

私がパースに来た理由

ワーホリメーカーやバックパッカーたちは、もちろん可能であればオーストラリア中を隈なく見て回りたいと思っています。
しかし費用や期間の兼ね合いで、現実的には行く場所を絞らざるを得ません

そのため東海岸付近で終了してしまう方が多いでしょう。南回りでも、せいぜいメルボルンが限界かもしれません。
まして沿岸ではなく、内陸のアリススプリング(エアーズロック)は外せない!ともなれば、どうしても「世界一孤立した」パースは選択肢の後方になりがちです。

というわけでここパースを目指すのは、この街そのものが目当ての場合が普通です。
私はもともと東海岸にあまり興味がなかったこともあり、西側はぜひ行ってみたいと思っていました。その上で渡豪最初の週に、ケアンズの語学学校で友人になったレイナがパースにいたのが決め手となりました。
ちなみにパースからさらに北上する、砂丘にラクダが映えるブルーム(Broome)も視野に入れていたのですが、ここは旅程の流れで最終的に断念することになります。

実際に訪れたパース観光ツアー!

シドニーでシェアメイトだったユミも、1日遅れてパースにやって来ました。
パースはやはりみんなの憧れの街。せっかく私が行くのなら一緒に観光しようと、同じく飛行機でやって来たのです。
ただし彼女は3日ほどの滞在後シドニーへ折り返し、私は南回りの一人旅を計画しておりました。

砂丘ツアー

まずは砂丘ピナクルズのツアーに参加いたしました。
奇岩が立ち並ぶ光景も見ものですが、4駆で砂丘を走り抜け砂丘でのスノーボード(スノーじゃないけれど)というのがメインでした。その時の写真が残っていないのですが、若きバックパッカーたちが無駄に大盛り上がりしたのを覚えております。なかなかうまく滑れなかったけれど、楽しかった~。

イルカと泳ぐツアー

そしてとてつもなく素敵だったのが、イルカと泳ぐ」ツアーです。
場所は海の河口付近に近い川。ボートでポイント(群れがいる場所)に向かい、ガイドの案内のもと入水してシュノーケリングをするというものでした。

イルカと並走ならぬ並泳ができるとワクワクしていたらとんでもない。
ボートからは目視できた群れも水中では素早すぎるし、川は茶色く濁って視覚的にとらえることすら不可能とてもじゃないけど、一緒に泳ぐことなどできません。
ガイドが言うには、イルカに気に入られる人がいるそうで。ツアーに参加していた白人女性の一人に、かなり群れが近づいてくれていたので、彼女にみんなの方にイルカたちを連れてくるように指示しておりました。
しかしなかなか思い通りにはならず、皆水に浮かんでわたわたしているだけで時間が過ぎた感じでした。

それでも動き回るイルカが近くを通り過ぎる瞬間、なんとも言えない高音を聞き取ることはできました。キュイ~ンという音が近づいたと思ったら、イルカが横を一瞬で通り過ぎる。超音波で意思疎通を図る彼らですので、それが人間にも一部高音として届くのでしょう。思ったのとは違いましたが、実に貴重で神秘的な体験だったのは確かです。

出会いは予期すら許さずに

さてここから先は、私の短い恋がお話の主流となります。
もちろんラウンド(国内バックパック旅行)の内容もお伝えしていきますが、少々独りよがりな部分が増えるかもしれません。お見苦しいかと存じますが、ある種旅のリアルとして、ご興味ありましたらお付き合いください。

ワーホリメーカーは「恋の片道切符」を持っている! 

ところで当時オーストラリアにいた日本人たちの間で、都市伝説のようにささやかれている話がありました。オーストラリアのワーホリビザには、3枚の「恋の片道切符がついていると。

なんとまあ陳腐な表現でしょう。今改めて書いている私も恥ずかしいです。
しかし多くのバックパッカーにとってワーホリは「出会いの場」なのは間違いありません。
とにかく大勢の人に出会います。気の合う仲間、尊敬できる人物、嫌悪する人間、あるいは本当の自分、そして心ときめく相手。年単位で海外にやって来るくらいですから、そもそもフリーの人が多い。皆どこかで「恋の予感」を胸に秘めているのです。
この3枚の切符伝説は、要するに3回くらいは「恋愛に発展しそうな出会いが転がっている、ということを示唆したものといえるでしょう。

ですから日本人同士は少し仲良くなると「切符使った?」と尋ね合うのが通例でした。
そうすると「全然使えてない~」「実は最近2枚目使って…」「回数券あるの?くらい使ってる子いてさ」という具合に話題が盛り上がります。

さらに主要な町はそれぞれ「出会いの町」「別れの町」などと呼ばれていました。「再会の町」もあったな。
ただこれは「シドニーが出会いでしょう?」「別れって聞いたよ、出会いはメルボルンだって」というふうに、人によってまちまちでしたが。

さて、私もついに切符を切るときがやって来ました。
そうして私にとってパースこそが「出会いの町」となるのです。

大好きな女友達のシェアメイトという人

レイナと久しぶりの邂逅

2003年7月ケアンズの語学学校で出会ったレイナとは、たった一週間(正味5日間)ながら旧知の友のように楽しい日々を過ごしました。
その後も頻繁にメールを交わしており、再度渡豪を希望する彼女に、私のお世話になったエージョントを紹介。彼女はそこを通して、次の渡航地にケアンズとは趣を異にするパースを選び2004年の年明け早々語学留学に訪れておりました。

そして再会を果たすこととなったのは、実に7カ月ぶりの2004年2月13日
彼女のシェアハウスへお呼ばれしていて、私の宿泊するシティの宿へ夕方シェアメイトと迎えに来てくれることになっておりました。
そうしてレイナとともにやって来たのが、私の恋のお相手となるオージー・ガイでした。

第一印象は「陽気で親切なお父さん」

Aは35歳のオーストラリア人男性。パース空港に迎えが来るはずだったホストファミリーと行き違って、困り果てていたレイナを助けてくれたのが出会いのきっかけだそうです。

ところでこのレイナ、若干20歳ながら恋愛経験豊富なセクシー美女でありました。
当時26歳の私にとっても、女として「完敗」過ぎたがゆえに、年の差を超え(26歳と20歳は通常かなり壁があります)意気投合した相手です。
そのためAと出会った話を最初に聞いたときは、Aに対して「こいつ15才も若い女の子を狙っているのか?」と少々疑いの目で見ておりました。
しかし助手席のレイナに優しいまなざしを向ける彼の様子は、まるでお父さんです。

レイナが「Aはバツイチで、7歳の娘がいるんだよ~」と言うので納得。後ろの席の私にもバックミラー越しに、笑顔で陽気に話しかけてくれる様子に、親切で温かみのある人柄が感じられました。
とはいえ「かわいい友達と会うって言ったら、喜んで車出してくれたの」とレイナに言われニヤニヤするような、チャラさも垣間見えるところがミソです。

実は日本びいきのオージー

そもそもレイナに声をかけたのは、彼が「日本人慣れ」していたからでもありました。
10年つきあっていた彼女(娘の母親)と別れることになった際、宮崎に滞在していた友人(オージー)が気晴らしに呼んでくれたのだとか。
生粋のサーファーである彼は、サーフィン王国宮崎をたいそう気に入りました。
日本人の友人もたくさんできて、バーテンダーのバイトをしながら半年ほど暮らしたのだそうです。人好きする愛嬌に、チャラさが見え隠れするわけだ。

オーストラリアに戻ってからは、彼女と住んでいた家(共同購入)に戻れるはずもなく。
友人(同じ年のオージーガイT)の持ち家に、シェアメイトとして住むことになりました。
そこにもう一部屋空きがあり、1カ月のホームステイを終えたレイナが移り住むことになったのです。

友達とその彼と

魔性の女レイナ、しれっとオーナーとラブラブ

ところでレイナときたら、Aの友人でもあるこのシェアハウスのオーナー恋仲になっておりました。
家へ向かう道すがら、自分の部屋じゃなく「ほぼ毎晩彼の部屋で寝てるの~」とカミングアウトされたのです。

そもそもケアンズでは、日本に彼氏がいながらホストファザーを手玉に取っていた魔性の女
その時の彼氏とは別れ、数名の男友達に言い寄られている(女性の友人は多分私しかいない)ところまでは聞いていたのですが。
Tとのことは、私に直接会ってから話そうと、内緒にしていたんですって!

というわけでシェアハウスに到着すると、お出迎えに現れたTに私は興味津々です。
看護士をしているという彼は、なかなかのイケメンマッチョ
そして笑顔がさわやかながら、A以上にチャラい空気をかもしだしておりました。類友め。

4人で宴が始まると、男どもは競って飲み物をサーブしてくれ、テラスでくつろぐ女二人はお姫様状態です。
ちなみにAは大きな耳とたれ目が特徴的な、どちらかと言うとファニーフェイス。良く言えば、ヒュー・グラントを猿っぽくした顔立ちです。イケメンとはいいがたいものの、笑顔がチャーミングな男性でした。

大好きな女友達と久しぶりに再会し、魅力的な男達にちやほやされる。
控えめに言って最高の気分です。

当然そうなりますわなあ

途中でレイナの部屋に移って改めてTとの話を聞き、リビングに移動してまた4人で飲み直していると、酔って色気ダダ洩れのレイナがTにいちゃつき始めました。
会話もレイナと私の大好物dirty talk(下ネタ)化していきます。

ところで坊主が伸びてベリーショートになっていた私を、Tは “funky(いい意味で変わっている、いかす)”と称しました。
その横でAは私を見つめ、真顔で“so pretty.”“very cute.”と繰り返してくれます。

やがてTは「Aと部屋行きなよ」と私をあおってきました。
最初こそ”No,way.(まさか~)”と笑っていましたが、Aに賞賛され続けて段々その気になっていきます。
戯れにAの部屋へ足を踏み入れてみると、あっと言う間に手慣れた彼の手中に落ちてしまいました。望むところですけど。

というかレイナとTのバカップル!平屋で庭に面したAの部屋を、外から覗こうと騒いでいるのが丸聞こえ(しっかりブラインドを下ろしましたが)です。
レイナにいたっては「ゆ~か~何してるの~」と真っ最中にドアノブをガチャガチャしてきやがりました。
こっちはこっちで楽しむから、君たちも部屋におとなしく戻りなさい!

一夜明けて

という次第で彼の隣で眠りについた私。目が覚めて彼と顔を合わせ、微笑みあった瞬間「私この人、好きだなあ」と思いました。

オーストラリアでベッドを共にした男性は数人おりましたが、そんなふうに感じたのは初めのことです。
そもそも10代の頃に長い片思いをこじらせた私は、それまで真剣な恋愛をしたことがありません。嫌いじゃない人に告白されて付き合い、付き合うこと自体求面倒になると、見た目でOKな男に求められたらとりあえず応じる、程度の貞操観念。
そしてその相手に、なにかしらの執着を抱いたこともありません。

Aとのこともそんな「いつもの」流れであって、特別深い意味はないと思っていました。
ですから関係をもった後で、こんな風に自然な好意がわきあがったことが不思議でした。

13日の金曜日からのバレンタイン

今でこそ朝型の私ですが、当時は低血圧バキバキで朝の弱い方。
対するAは寝起きの私と携帯番号を交換すると、朝7時にもかかわらず「ちょっとサーフィンしてくるね」と出かけて行きました。
部屋を出るとき“Happy Valentine♪”と彼がご陽気に言うのを聞きながら
「昨日は13日の金曜日だ~と思ってたけど、今日はバレンタインの14日なのね~」
と思いつつ二度寝します。

その後レイナとリビングで昨夜の報告など交わしていると、さっぱりした顔でAが戻ってきました。
改めて白人なのに私より焼けた肌に、明るい色がメッシュのように混じるダークブラウンの髪が似合っています。
そして少しくすんだグリーンの瞳は、まるで海の色。

じっと見ていると、彼はニッコリ笑ってキスをしてきました。
そして「明日電話するね」とご機嫌でシャワーへ向かいます。
横にいたレイナは「あらあ、二人は恋人なのかしら?」とからかいます。
「違うと思うわ~」その時点で私は、彼とのことは旅のいい思い出になるだろうなあ、くらいに思っておりました。
そもそも私のパース滞在予定は、あと1週間足らずでしたから。

13日の金曜日が祟るバレンタイン

カフェで恋バナ!?

その後レイナの学校付近に案内してもらい、日中のカフェではユミも合流しました。
早速Aのことが話題にあがると、素敵なパースのカフェテラスで「ゆかの足がこうなっててね」と腕であらぬ形を表現するレイナ。
「友達に覗かれるとか初めてなんだけど」と爆笑する私に、下ネタが得意でないユミも顔を赤らめつつ大ウケです。
その後Tの話や、ユミの彼氏ピーターの話も交えてガールズトークに花が咲きました。

そして「今夜はビック・ディナーだから早く帰っておいでって言われてるの」と語るレイナは嬉しそうです。
そうかバレンタインだもんね~!とユミと宿へ戻ると、宿のオーナーが宿泊している女子たちに、バラの花を1本ずつプレゼントしてくれました。あら素敵。

男って生き物は

さてバレンタインの翌日、レイナから電話がきたので「昨日楽しかった?」と聞くと「Aも女連れてきたけどね」と爆弾発言。

聞けば以前一度会ったことのある白人女性(Aを尋ねて来た)も一緒に、4人でバレンタイン・ディナーだったそうです。そして彼女は、そのままAの部屋に泊まったと。
だから今夜じゃなく「明日」電話するって言ったのね。
それにしても二日連続違う女を部屋に連れ込むなんて、35歳にもなってまあ元気だこと。
26歳の私は、半ば本気で感心しておりました。でもやっぱり「サイテー」とも。

電話をきってしばらくすると、またレイナから着信がありました。
「Aに、あの女のことユカに話した、って言ったら、もう電話できない!って焦ってたよ」
普通バラされるってわかるでしょ。バカなの?
しかし水を差してしまった、と思ったレイナは「大丈夫、ユカ気にしてないから電話して」と言ってくれたそうです。
まあその時点の私的には、どっちでもよかったけどね。

ジェットコースターのように過ぎる日々

改めて気が付くAの魅力

少々気まずい?再会

ほかの女性とバレンタイン過ごしたとバレたし、もう電話しない気かな?と思った夜10時頃。
ようやく彼から着信がありました。
今日は何したの?という他愛もない話題から、レイナとも会いたいでしょ?また家においでよというお誘いに。
件の女性の話はなく、その後は待ち合せの時間を確認しただけで、電話を終えました。

翌日はユミとイルカツアーの予約をしていたので、夕方迎えに来てもらう約束です。
そうして翌日は、先のイルカとの逢瀬を堪能。ユミと、友達になった日本人の女の子が「彼を見たい」と言うので、一緒に宿の前で待つことにしました。
そこへ車で来ると思っていた彼が、なんと大型のバイクで颯爽と現れたのです。

何を隠そう?Aは180㎝の細マッチョ
長い手足でさっそうとバイクを繰るその姿は、正直かっこよすぎてビビります。
「おサルさんみたいな人だよ」と話していたので、一緒にいた二人もちょっとびっくりしていました。

断っておきますと、白人男性がみんな長身でスタイルがいいわけではありません。なんならオージーは、ずんぐりむっくりな小男も多いくらいです。
サル顔のくせに…悔しいけどモテるわ、このヒト。
そんなわけで彼に促されるままに後ろに乗った時には、色んな意味で緊張してしまいました。
ちなみにバイクは、Tから借りたものと判明。

実は誠実?

途中リカーショップで私の好きなビールの銘柄VB(ヴィクトリアビター)を仕入れ、再びレイナ・Tとの楽しいパーティに備えます。

シェアハウスに着くと、まずは彼の部屋に案内され二人になりました。
そしておもむろに「昨日の女性のことだけど…」と話し始めます。
彼曰く、その女性は友人の元カノ。あくまで相談にのっているだけで、彼女自体ただの友達だと。

責めるつもりは毛頭なかったのだけれど「だって泊まったんでしょ?一晩過ごしたんでしょ?昨日以外も泊めたでしょう?」とつい反論。
しかし「確かに泊めたけど友達の元カノと寝たりしない」そう真剣な顔で断言されてしまうと言い返せません。
普通にあり得ない言い分です。そもそも会ったその日に、私に手を出した男ですよ?
でもよくよく、言い訳してもらう間柄でもないのに、これ以上追求するのもナンセンス。
なんなら真偽のほどよりも、ちゃんと対応しようとしてくれたことを評価するべきでしょう。
「わかった信じるよ」とこの話は打ち切り、一緒にリビングへ向かいました。

でもやっぱり彼は問題アリ!?

海外の日本語会話は要注意!

Aの前ではありましたが、日本語ならいいかとレイナに「寝てないって言うんだけど、どう思う?」と先ほどの内容を伝えます。「え~どうだろう」二人でしばらく話しているのを、Aは横でニコニコ見ていました。

ちょっとムカついたらしいレイナが「ほんっとAってサル顔よね」と言うので「ほんと、サルのくせに生意気よね」と私も、本人の前でおもくそ悪口を言います。
ところがすかさずAは”You said MONKEY!”と反応しました。
やば、サル分かったか。

まあこれあるあるで、気をぬいて日本語で話していると近くの外国人に内容の一部がバレてしまうことがあるんです。
たまたま知っている日本語の単語を拾われたり、うっかりカタカナ英語通じる和製英語を使っちゃったりするからです。
特に積極的に日本人に近づいてくる外国人は、話せなくても意外な単語を知っていたり、そもそも結構日本語が話せることが後で知ることもあるから要注意です。

加えて滞在歴が長じるにつれ、多くの日本人はルー大柴化していきますので、日本語の中に一定数の英語表現が混ざってしまうのもあります。
いわゆるハーフ語のように英語・日本語ともネイティブレベルで、より適した表現を混ぜるのとは違い、センスのないただのちゃんぽんですけどね。
でも勘のいいネイティブなら、話の内容を類推されてしまいます

改めてAに警戒

「サルってかわいいよね~って話してたのよ」などごまかしましたが、「絶対悪口でしょ」といじけるA。
まあ逆にその後はわざと“pretty monkey”とAを呼んでみたりしました。
ところが突然彼の方から、日本で「テナガザル」って呼ばれてたからいいけどねと笑いながら言われたんです。
んんん?私の警戒センサーが激しく反応。そう呼んだの、絶対よね?

そう、彼は日本に半年いたんです。そこで日本人女性と何もなかったはずがありません。
その後も彼の知っている日本語ときたら「カワイイ」「ハズカシイ」等々。
女に教わったよね?という単語ばかりです。

極め付きはベッドで「日本人にしては胸大きいよね」と言われた時。
直に何人分をご覧になっての発言かしら?
先の「友達の元カノ」オージー女性は目をつぶるとして、日本人女性との過去はちょっと看過できないかも。
この「しこり」は実際、最終的に私を追い詰めることになります。

頭のいい男に弱い私

ネイティブとの会話にみられる相手の知性

ところで私クラスの英語力の人間がネイティブと会話をすると、相手の頭の良し悪しがすぐにわかります
日本人はアウトプットの機会がないだけで、中学英語が8割がた理解できていれば、日常会話はほぼ問題ありません
耳さえ慣れれば知らない単語もそれほどないですし、トリッキーな文法やスラングをノンネイティブには普通使いませんから。

しかしネイチャースピードで話されると、聞きこぼしや理解が追い付かないことはまま起きます。
その際こちらの様子に素早く気が付いて、話し方をゆっくりにしてくれたり、易しく言い換えたりできるのは、間違いなく頭が良い人でしょう。
もちろん気が利く人・思いやりがある人とも言えますが、とっさに平易な表現に変換できるのは、語彙量が豊富で頭の回転がはやい証拠です。

一方で頭が悪い(気が利かない)人だと、聞き返しても同じスピードで同じ言葉を繰り返すだけだし、こちらの理解を待たずにどんどん話を進めてしまいます。
こちらがわかってないのに気付きつつ、悪意をもってこれをやる人間もいないではないですが、それはまた別の話ですね。

そうしてAは、圧倒的に前者でした。

Aとの会話は完璧

Aの話し方はいつだってわかりやすく、都度こちらの理解を確認して会話を進めてくれます。

日本人慣れしているといっても、半年の滞在で認知できる範囲を考えれば、やはり相当賢い。
さすがに知らない単語を避けられない時には、私の電子辞書に打ち込んでくれました
履歴には彼の入れる単語が増えるたび、彼への信頼度が高まります。
ほぼすべての会話が理解できるネイティブに出会ったのは、彼が初めてといってよいでしょう。

私だけでなくレイナに対しても、そして私たちの前ではTとも、ゆっくりはっきり話す彼
もともとそういう話し方の人かと思っていたら、ほかのネイティブとは1.5倍くらいのスピードで話していたので驚きました。

本当に意図的に対応してくれていたのです。
これはもはや頭が良い以上の話。
まあ女関係で脇の甘さをちょろちょろ見せるあたり、ナチュラルプレイボーイってだけかもしれませんが。

気配りはメールでも

当時使っていた携帯メールテキストメッセージ。昔のショートメール的な感じです。
限られた文字数ですし、素早く使える省略表現をネイティブはよく使いました。

山田詠美さんの小説4Uをご存じでしょうか。
同じ発音のfor youの省略表現をタイトルにしたものです。
同じくto“を2と表したり”are“は”r“の一文字にしたり
例えば“How are you?”“howr u?”という具合で、わざわざ大文字も使いません。

しかしこの表現方法、私は個人的に好きじゃありませんでした。
Aは最初のメッセージでこの省略表現を使いましたが、私が返信で意図的に省略をしなかったところ、すぐにそれを汲んで次回から彼も一切使わなくなりました。
ちなみに会話の時にも省略表現は避けてくれるようになりました。面倒くさかっただろうに、実に気の利く人です。

【閑話休題】日本のガラケーは独自すぎた

ところで当時の日本の携帯は、いわゆるガラケーガラパゴス携帯です。
このガラパゴスは、進化が遅れているといった意味合いではありません。
むしろ日本独自の進化を遂げた意味合いで有能な携帯
しかしあくまで日本国内でしか使用できない代物でした。

この時点で在豪ヨーロピアンたちは、自分の国で使っていた携帯をそのまま使用することができました韓国人・台湾人の子たちは、国の携帯こそそのままは使えませんでしたが。SIMカードを差し替えて、現地の携帯に情報を移すことができました
ところが当時ほとんどの日本人は、SIMカードの存在すら知りません。え?日本だけどうしてこんなに遅れているの??皆少なからずショックを受けました。
実際はグローバル基準を全く念頭に置かず、日本人のニーズに特化した結果なのですけれど。
鎖国体質ここに極まれり。

というわけで在豪ワーホリメーカーたちは、日本人サービスセンターで現地の携帯をレンタルすることになります。確か月30ドルくらいで、一回10分の無料通話付きだったかと。
私はシドニーで紛失した(盗難された)ので、保証金300ドルも支払う羽目にもなりましたが。
レンタルできる機種では当然日本語が使えませんから、日本人同士のテキストメッセージは英語か、ローマ字でやり取りしていたのも懐かしいですね。

改めてAって何者?

ここまでAの職業を明記してきませんでしたが、実を言うと私自身、彼の仕事が不明瞭だったんです。
Tははっきりと「看護士」だと分かっていますし、なんとお母様は精神科医ということでした。
一方Aは「お父様のお仕事を手伝っている」くらいの認識。
かいつまんだところでは、コンサルティング系のお仕事のようでしたが、あまり突っ込んでは聞かなかったんです。ややこしそうだったし、怪しいわけでもなかったし、何より今後深くかかわる相手でもないしと思っていたので。
彼には姉と弟がいましたが、どうやら彼が父親の事業を引き継ぐ方向で動いている最中らしく。当時の彼は、なにか金融系の難しそうな資格の勉強中でもあって、自由はきくけれどまあまあ忙しいというところでした。

そして彼は、国内の名門大学出身だということもわかりました。どうりで賢いわけだ。
私はフツーに面食いなのですが、それ以上に「頭のいい男」に弱いんです。自分がアホだからでしょう。
なので彼の聡明さに触れる度に、その魅力は自然増していくのです。

明るくおバカなレイナとT

レイナの体調不良

私が2回目のお泊りをした朝、レイナが突然「女性関係の病気っぽいの」という話しをしてきました。実は1週間ほど前から性器に痛みがあり、Tともしばらくお預け状態なのだと。
そんな状態で友人の営みをよく覗いたな、君たち。

いずれにせよ心配は心配です。Tが抗生物質をくれたそうですが、やっぱり病院に行こうと予約を入れたのだとか。
私はユミがシドニーに戻るのでいったん宿に戻りますが、病院にはTが付き添ってくれるとのことでした。

診察には妊娠検査もあるという話しをしていたら「もしかして妊娠してたりして」と言うレイナ、しかし焦るでもなく”Maybe Baby♪”と節をつける明るさ。しかも近くで耳にしたTも同じ言葉を繰り返しています。
確かに二人の赤ちゃんなら最強にかわいいはずですが、なんて前向きな子だ。Tももっと動揺しろ。
そもそもこの二人、互いの性器を”anemone(イソギンチャク)””anemone fish(ニモでお馴染みクマノミ)”と名付けていたおバカなカップルです。説明は不要ですよね。

レイナとTの関係にのっとって

ユミを送り出した後、Aと診察を終えたレイナが迎えに来てくれました。
車の中で「大丈夫だった?」と聞くと「性病だった」そうです。え?それってTが原因じゃ。
診察結果を知っているAは真剣な顔で「いつもちゃんとコンドームを使わないからだよ」とレイナをたしなめます。今回は私が助手席なので、後部座席のレイナにバックミラー越しで。

というか横で聞いている私、耳を疑います。「あなたも使うの嫌がるよね?」しかしAは私の言葉を無視して「自分の身は自分で守らないと」と続けます。
ほう、どの口が。そもそも相手はお前の友達だろ。「そうね、あなたもちゃんとつけないとね」厭味ったらしく彼に向けて言うと、情けない顔で私を見ながら“But Uncomfortable.(でも気持ちよくないじゃん)”とのたまいます。
はあ?“I don’t think so.(そうかしら)”とちょっと怒り気味に言うと“I don’t think so,neither.(僕もそう思います)”としゅんとしています。くそ、かわいいな。
ちなみに病院で処方されたお薬で、レイナの症状はすぐ緩和しました。それにしても…。

レイナは破天荒なお嬢様

ところで実はレイナは、私立のお嬢様高校の出身。
しかし卒業後は進学せず、アパレル系の販売員になりました。成績も悪くなかったので、学校の先生には驚かれたそうですが。
そもそもヤンキーでもないのに、初体験が14歳という早熟な子です。さぞかし周りと合わなかったことでしょう。早く社会に出たかったのも納得。
いずれにせよ芯のしっかりした子なので、家族に何か反対されたりするようなこともなく、のびのびと破天荒に生きてきた模様です。
そうしてちょうど私のいたこの時期、仲良しのお母さんが彼女を尋ねてパースにやって来ることになっていました。

子持ちでバツイチの男性は応用編

恋愛初心者の動揺

10歳からの初恋を実らせることができなかった私は、告白してくれた同級生と交際を始めたのは14歳の時でした。そんな初カレは友人内でも早い方でしたが、結果的に彼のことを全然好きになることはできず。その後も定期的に好意を寄せてくれる男性は現れたのですが、誰かを本気で好きになることはありませんでした
その後もデートをしてきた男性は、せいぜい1~2歳違いの同年代
そんな26歳の私にとって、9歳年上の30代男性なぞ本来未知の生物でした。加えて子持ちバツイチ外国人ともなれば、もはや別次元の存在です。

ところが彼は初めて会った時から、そんな垣根を感じさせない人でした。
出会って数日で、英語で会話しているのに普通に日本人にしかわからない話をふって「あれ?この人日本人じゃないんだっけ」と不思議に思うくらい、人として違和感もないといいますか。

そんな彼に触れられるのは、とてもとても自然なことに感じられました。そして私は彼との行為の最中に、無意識に”I like you.”と口走って自分でもびっくりします。
彼はといえば一瞬間を置いた後”I like you,too.”とこともなげに返しました
違う、私はガチで「好き」って言ったの。彼の「僕も好きだよ」の軽さと違う。
しかし恋愛偏差値中学生レベルの私にとって、彼は応用編にすぎるのは明白。相手にとって不足なしどころか不相応すぎます。ですから私はつとめて「別に本気、ってわけじゃないし」と自分に言い聞かせるのでした。

私はtinyでcheeky!?

彼は5分おきくらいの勢いで”You are cute”や”so pretty”と私に言ってくれるのですが。加えて笑いながら“tiny”と言われることがよくありました。
恥ずかしながら私はこの単語を知らなくて、彼に「小さい」という意味だと教わります。

ところでオーストラリアに来てから気付いたのですが、外国人男性は思ったほど皆高身長でもなくて、逆に女性陣は160㎝を切るような人がまずいません。平均身長に男女差がそれほどなさそうなのです。
日本人女性も平均身長は158㎝ありますが、150㎝ない女性もまあまあいますよね。なのでカップルの身長差が開くことが多い。しかしオーストラリアで目にする外国人カップルは、頭一つ分離れていることもあまりない印象でした。

そういえばケアンズのホストマザー(170㎝)にも、やたらめったら”short”や”little”と言われましたね。確かに150㎝代の女性自体が圧倒的に少ないオーストラリアで、151㎝の私はかなり小柄な方になります。
実際Aとの身長差は30㎝。足の大きさも手の大きさも全然違いますから、私の手に触れる度、靴の脱ぎ着を見る度、彼は私を見ていちいち”tiny”と口にするのです。ついには「(7歳の)娘と同じくらいかも」とまで言い出す始末。これにはちょっとムカつきました。
それもあってでしょうか。やがて私への形容詞に“cheeky”が加わりました。意味を聞くと笑って教えてくれないので、自分で電子辞書に入力。「なまいき」だそうです。ムカつく!
私はprettyでcute、でもそれ以上にtinyでcheeky。

娘ちゃんと一瞬遭遇

ところで彼の部屋でまったりと過ごしていると、庭の方から突然“Daddy?”の声と共に、女の子が窓から覗きこんできました。私は完全にフリーズ状態です。
ブラインドが半分かかってはいましたが、私の姿を認たからでしょう…彼女は即座に踵を返します。Aは” Darling!”と、彼女を素早く追いかけました。
気の毒な娘ちゃん。お父さんの部屋に見知らぬ女性がいたら、そりゃあそうなります。

それにまだ人生経験値の浅い私にだって、なかなか肝の冷える出来事でした。娘がいると知っていても、実際目の当たりにするのはまた別の話ですし。
彼はしばらくすると笑顔で戻ってきて「今の娘だよ、近くに来たから顔出したみたい」と軽く言っていましたが。うーん、こんなに賢くて気の回る人なのに、いまいち女心をわかっていないんじゃないかなあ。

小娘には衝撃の事実

Tとレイナはレイナママのお迎えに空港へ行き、Aはお仕事ということで、その前に私を宿へ送ってくれました。
そんな車内で私は、思い切って少し踏み込んだ質問をしてみることに。「結局いつ、どうして離婚したの?」
Aは少し困った顔で「レイナは離婚って言ったと思うけど、そもそも結婚してないんだよね」と答えました。

ヨーロッパ系移民の多いオーストラリア(Aは祖父がスペイン人、Tは母親がスイス人)は離婚率が高いだけでなく、そもそも籍を入れないカップルが多いのは知っていました。
でも自分の相手がそういう人だと話は変わります。「子どもがいるのに?家を一緒に買ったのに?」若い私には無責任にすら感じられ、つい責める口調になりました。

彼はしばらく考えて、最終的には「多分日本人には理解しにくいと思う」とだけ言いました。おそらくほかの日本人にも聞かれて、うまく説明できなかったのでしょう。
仕方ないので、この件は不問にしました。娘の母親をex-wife(元妻)でなくex-girlfriend(元カノ)としか呼ばなかった理由だけは腑に落ちましたし。
ただ別れた理由は再度突っ込んでみると「向こうの男関係」と吐き捨てるように言われました。多分修羅場ったのでしょう。こちらもこのくらいにしときます。

迫りくる旅立ちの日

レイナママも加わり、さらに楽しい夜

夕方またAにピックアップしてもらい、レイナママも加えてのBBQパーティとなりました。
よく「BBQは男の仕事」と男性陣が仕切るものですが、もちろん我らがチャラ男どももそうでした。レイナママも加わり女性陣3人に、より張り切ってサーブしてくれます。
レイナママは笑顔の愛らしい、当然美魔女でした。「恋人と友達と母親」という気を許せる相手しかいない空間に、レイナもいつもより子どもっぽくはしゃいでかわいらしいこと。リビングで楽しくおしゃべりした後、レイナママはレイナの部屋へ、レイナもさすがにママと一緒に。そして私はAの部屋に行きますが「レイナママがいるのになんか恥ずかしい」と言ってAに笑われました。

そして最後の夜

翌日Aはお仕事、レイナ母娘はTが観光へ連れて行く手筈になっていました。
私は次の日に旅立つため宿で洗濯やパッキングをしなければいけないし、旅程のリコンファーム(確認)といった雑用が必要でした。
実は宿を1週間分前払い(+1泊分がサービスで無料)していたのですが、結局半分以上をAの部屋に泊まったことに。そしてパースで最後の一泊も彼の部屋(翌朝空港まで送ってもらうので)ですから、早めのチェックアウトも済ませます。
そうして最後の夜は、みんなでまた楽しくパーティ。Aは色々疲れたのでしょう。リビングで爆睡してしまい、レイナと私はそんな彼の写真を何枚も撮って笑いあいました。

今振り返れば「こんなこと続くわけがない」種類の、甘く楽しい日々でした。

別れがたい朝

午前中の便でアデレード(Adelaide)へ向かうことになっていた私。
Aと一緒に、レイナ母娘も空港まで見送りに行ってくれることになりました。Tは仕事に出かける前まで、しきりと「飛行機変更しなよ、残りなよ」と繰り返し、Aはただ黙って微笑んでいます。
やがてAは、リビングのPCで私の予定している旅先をネット検索し始めました。横で見ていた私は、彼に寄りかかりそのまま抱きつきます。彼は黙って私を受け入れ、レイナ母娘はそっと離れて二人きりにしてくれました。

そして空港へ。
レイナとハグして「ありがとう」と告げ、レイナママに無礼を詫び、いよいよAとお別れです。
Aと向かい合うと、彼は手を握って「メールするし電話もする」と言い、「だからこれは”Not good bye.”だ」とキスをしてくれました。
私は「わかった”Not good bye”ね?」と微笑みながら、心の中では「でもきっと”good bye”になるよね」と思っていました。
そうして飛行機から眺めるパースに、もう来ることはないだろうな、と少し切ない思いをはせるのでした。

恋は「する」ものじゃなくて「おちる」もの

3時間のフライトを経て、私は南部の町アデレードへと降り立ちました。
予約していた宿にチェックインし、シティへ散策に出かけます。

教育機関の多い学術的雰囲気漂うを堪能していると、突然立っていられないくらいの悲しみに襲われました。声をあげて泣きながら座り込み、最後の理性で周りを見渡し、誰もいないことを確認。そこから思う存分泣きました。
burst into tears“泣き崩れる。高校生の時に習って、とても印象的だった熟語を思い出します。そして強く思います。
嫌だ、これでお別れなんて絶対に嫌だ。もう会いたいのに、このままサヨナラなんてできない。

泣き疲れて、どこかで吹っ切れた頃には、もう夜でした。
パースとアデレードには2時間半の時差がありますので、時間がその分早く進んでいるのです。
シャワーを終えたところで、彼から着信がありました。
「今日はあのあと忙しかったんだよ、そっちはどう?」明るい彼の声が、温かく響きます。「街がすごくキレイ、明日はカンガルーアイランドだから楽しみ」何気ない短い会話で終えた電話。
でも約束通り電話をくれたことに安堵します。
最初だけかもしれない、すぐに連絡は途切れるかもしれない。
それでもまだ終わりじゃない。

そうして翌日から始まる一人旅で、私はこの恋の行き着く先を探ることになります。
その旅の様子、そして彼との再会について。また次の機会にお付き合いください。

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