Day11:「神の子どもたちはみな踊る 」村上春樹 著(2000)

高校生時代「ノルウェイの森」に衝撃を受けて以来の大ファンですが、「ハルキスト」だとは思っていない私。とは言え、むろん全作品網羅していますし、なんなら長編はすべて2~3度ずつ読み返しています。そんな亜ハルキストですので、あえてここで短編集をおすすめしてみようと思います。

本書は表題作含め、6篇のお話が収められています。登場人物は皆、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災に間接的に関わっています。
兵庫県出身の著者ですので、震災の傷をこのようなかたちで表したのでしょう。震災と同年に、かの地下鉄サリン事件が起きたことも大きく影響しているようで「ある種の圧倒的な暴力」についても、表現されています。
ちなみに地下鉄サリン事件については、著者自身が被害者やその関係者にインタビューを行った『アンダーグラウンド』という作品もありますので、ご参考までに。

そんな短編集ですが、私はある一作品が大好きです。長編・短編合わせて、一番好きな作品かもしれません。それは「かえるくん、東京を救う」というタイトルの物語です。
主人公片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていました。蛙は「ぼくのことはかえるくんと呼んでください」と言います。
片桐は「東京安全信用金庫新宿支店融資管理課の係長補佐」の実に有能な会社員ですが、恋人はおろか友達もおらず、家族にも軽んじられています。そんな彼のもとに突如現れた、人語を介する巨大な蛙。実にシュールです。
「ぼくがここにやってきたのは、東京を壊滅から救うためです」
3日後の2月18日の朝8時半頃に、東京を巨大地震が襲い、それに伴う死者はおおよそ15万人なるとのこと。震源地は東京安全信用金庫新宿支店の真下。かえるくんは片桐に、共に地下に降りて、みみずくんと闘い、地震を阻止してほしいというのです。

村上作品と言えば、数多くの「メタファー」が描かれています。
メタファーとはいわゆる「比喩」ですが、彼のそれは実に独特で、メタファーだけで辞書がつくれるでしょう。また時に、実態をもった生き物というかクリエイターとして現れます。その意味で「かえるくん」も「みみずくん」もメタファー的存在ということかもしれません。しかし「かえるくん」は、そんな領域を大きく超えて、片桐にとって唯一無二の「友人」となるのです。
村上作品の長編は、たいてい「同一人物か?」という似通った主人公が描かれます。短編は、その限りではありませんが、それにしても片桐はあまりいないタイプかもしれません。見た目は地味で、しかし非常に筋の通った人物。特に大切なものがなく、それゆえ恐れるものもない。

かえるくんは戦い、片桐は応援をする。それまでの彼の人生に、決してなかった種類の出来事です。
戦いを終えたかえるくん。片桐はともに語りたいと心から願います。「そのお友達のことが好きだったのね」問いかける看護師。混とんとする意識のなかで彼は「アンナ・カレーニナ」とつぶやき「とても」と答える。短い物語の、ほんのわずかの出会い。そこで培われる心のつながり。孤独ゆえに、孤独であることも自覚していなかったかもしれない片桐の、誰よりも分かり合える相手。

何度も読み返し、私はかえるくんについて考えます。そして、片桐がかえるくんと出会えたことに、何度も感謝をするのです。これからも、何度もかえるくんと片桐の交流を、振り返ることでしょう。

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