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Book:24「‹完本>初ものがたり」(2013)宮部 みゆき 著

宮部氏の作品の紹介としては2冊目になります。1995年に刊行された6編に、新作3編を加えた完全版として出版された、宮部ワールド全開の短編集です。

主人公は回向院えこういんの親分こと、岡っ引きの茂七。連作形式の短編で構成された捕物とりもの時代小説好きはもちろん、軽いミステリを読みたい方にもおすすめです。

各短編は四季折々の「初もの」(鰹、白魚、鮭、柿、桜、菜の花など)にちなんだ物語になっています。それらにからんだ事件が主題ではありますが。
私自身、年を重ねるごとに日本の「歳時記」っていいなあというしみじみ思うようになってきました。季節ごとに意味があり、自然に即した過ごし方がある。そしてその時々に、旬となる食べ物や草花が存在します。
それらを題材にしたこの一冊には、日本人のDNAに根付いた美的感覚に満ちています。

茂七は人情味にあふれ、みんなに慕われる岡っ引きですが、気質かたぎの頑固者でもあります。
全編を通してかかわることになる、霊力をもつという「拝み屋」の少年を、茂七は「うろんなやから」としてうとましく思っています。しかし次第に彼のおかれた状況に心を寄せ、問題の本質に迫っていく柔軟さが好ましい人物です。

そしてこの物語でもっとも異彩を放つ人物が、稲荷寿司屋の親父です。
夜っぴて屋台を開き、地元のならずものにも通じている。正体不明のこの「親父」を、始めはいぶかしんでいた茂七親分。とはいえその料理の腕前ひとかたならぬ洞察力に徐々に心を許すようになり。やがてその存在をどころ」として、頼りにするようになっていきます。
なんとこの稲荷寿司屋の親父は、宮部氏の最新シリーズ『きたきた捕物帖』で、再度登場しその正体に触れることになります。

謎解きや江戸の風景を楽しみつつ、いつの時代にもある、人間の本質や人と人との問題も垣間見かいまみることができる。
勧善懲悪でもないけれど、みんなが必ずしも善人ではない。けれどやはり人は、助け合いつながりあい、互いを思いやってともに生きている。

茂七は『ぼんくら』シリーズでも、直接登場はしないものの「大親分」としてあがめられていますし、先にも上げた最新シリーズでもその名が挙がります。
最新シリーズで名があがり、この作品を読み返してみたのですが。実際に彼が活躍するのが、この一冊限りだというは、かえすがえす残念です。

ファンの方はたいてい読まれていることと思いますが、もし未読の方がいましたらファンには必読の一冊として改めておすすめします。
宮部作品になじみのない方や、時代小説をふだん読まれない方でも、短編ですので気楽に手にしてみませんか。温かみと懐かしさを感じさせる、宮部ワールドの江戸をぜひご堪能ください。

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