Day36:「博士の愛した数式」小川 洋子 著(2003)

第1回本屋大賞(2004)を受賞。
2005年文庫化された際には2か月で100万部を突破した大ベストセラーです。
2006年には映画化もされ、物語の内容は知らなくてもタイトルは聞いたことがある、であろう有名作品ですね。
というわけで今更紹介するまでもありませんが、まあ私の好きな本を挙げること自体がそもそもの目的なので。

主人公は優秀なベテラン家政婦、の若きシングルマザー。派遣先で出会った、
「記憶が80分しかもたない」
障害を抱える元数学者との、心温まるやりとりを描いた物語です。

このような「記憶障害」の人物が出てくる作品といえば、
主人公が10分の記憶しか保てないミステリー映画『メメント』、
記憶が一晩で消えてしまう女性のラブストーリー映画『50回目のファースト・キス』、
最近では杉咲花さん主演のドラマ『アンメット~ある脳外科医の日記』などがありますね。
実際には大変でつらい障害に違いありませんが、物語のテーマとしては様々な可能性を秘めているのでしょう。

本題に戻ります。この作品の特徴を端的に表現すると、
「文系の人間に数学の楽しさと美しさを語らせた」名著です。
作者の小川氏が、もともと数学が苦手な文系の方だと知ったときは、意外でもありました。
しかしだからこそ、俯瞰的な「数学愛」が表現できるんだな、と納得もしました。

数学(特に専門の「整数」)を無二の友とし、その世界に耽溺して生きてきた博士。
ただでさえ他者とのコミュニケーションを不得手としているのに、記憶障害のために周りの人々は、毎日会おうと常に初対面です。どんなに怖くて不安でしょう。
そのため博士は、まず「君の電話番号は」「靴のサイズは」など数字を引き出す質問をしてきます。
そして
「素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」
「実に潔い数字だ。4の階乗だ」
などと、その数字にまつわる知識を用いて、ほめたたえることで挨拶とするのです。
著者はその様子を
「数字は相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーでもあった。」と表しています。

この小説はとにかく、比喩表現が美しい。
そんな博士、実は子どもが大好き。
ただ「子ども好き」というわけではなく、すべての子どもを「庇護され守られるべき存在」として心から慈しんでいるのです。
その愛情は主人公の一人息子にもふんだんに注がれます。
頭のてっぺんが平らな10歳の男の子を「√(ルート)」と呼ぶ博士。
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ。」
「数字」と「子ども」が絡むとますます愛情は爆発。
博士は「算数」を教える天才でもあります。
どんなに簡単な計算も難しい公式も、同等に敬いその魅力を上手に伝えることができるのです。
受け手となる母子も、清らかな心と魂で迎え入れます。

三人の間には、温かな友情が芽生えていきます。
こんなに優しい物語を、私はほかに知らないかもしれません。
あなたも博士の愛した数式を、一緒に味わってみませんか。

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